拓海が走り屋デビュー(らしきもの)をした。
高校三年生の夏、偶然と何でもない風を装ってはいるが、実は文太の計画どおりだ。
走り屋になるつもりなどまんざらなさそうなやる気の無い息子を、何とか走りの土俵へと押し上げたく、文太は苦心していた。
丁度いいカモが来た、と言うのは口が悪いが、文太にしてみれば、赤城レッドサンズはまさしく、拓海を走り屋デビューさせるための「カモ」だったのだ。
文太が手塩にかけて育てあげた拓海のドラテクはなかなかのもので、デビューと実力試しにどうにかして本家走り屋と拓海との公式バトルをセッティングしたい、と考えあぐねていたところに、丁度赤城レッドサンズから秋名に殴り込みをかけに来てくれたのは嬉しい誤算だった……訳は無く。
実は数ヶ月も前から、文太と祐一がこっそりと赤城へ赴き、「秋名に面白い走り屋がいるぞ」とそこいらにいる走り屋連中に吹聴して回った結果だったのは、文太と祐一だけが知る、秘話である。
拓海の初戦はFD相手に7秒差のぶっちぎり。
負けるわけなど無いとわかってはいたけれど、結果は文太を満足させるには十分なものだった。
そのバトルの副産物は色々とあった。
その中のひとつが今の秋名のチーム事情で、文太や祐一が現役で走っていた頃より、随分と「遅い」。秋名最速と勢いと情熱だけは人一倍だが、いかんせん実力が伴っていなかった。
まあ、そういうチームは昔もあったのだが、まさか今の秋名がそうだとは文太も祐一も思っていなかったようだ。
「本当に、藤原さんには感謝しているんですよ」
ギプスこそ取れたものの、まだ頭と腕に包帯を巻いて、イマドキの若者にしては珍しく菓子折りを持って豆腐屋にお礼に来たのは、その実力が伴っていないくせに「秋名最速」を謳っていたチームのリーダー、池谷だ。
レッドサンズとの対戦のための走り込みをしていて、飛ばしすぎて自損事故を起こしたらしく、初めて会ったときは痛々しい格好だった。
毎日のように文太のもとを訪れ「レッドサンズとの交流戦に是非来てください!」と頭を下げ続けていた男だ。
本当は頼まれなくとも拓海を引きずってでも連れて行くつもりだったのだが、自分の思惑が拓海にバレるのを恐れ、文太は頑なに拒否し続けていた。
なのに池谷は毎日毎日、怪我をした身体を引きずって頭を下げに来ていた……。
「いやぁ、オレは何もしてねぇよ」
頭を掻きながらも菓子折りを受け取った。なかなかいい店の高級菓子のようで、ほぉ、と嘆息した。
「いえ、おかげで秋名の名誉は保たれましたし、オレら秋名の走り屋たちもこれからますますがんばっていこうって思いましたから……藤原さんが拓海をよこしてくれたおかげです。いえ、それだけじゃないです。拓海をあんなすごい走り屋に育て上げてくれたおかげです」
拓海の勝利を、まるで自分のことのように喜んでくれるのは悪い気はしないし、クールがいいとされているらしいイマドキの走り屋には珍しい熱血タイプだ。
バイトの上でも池谷は拓海には何かと世話を焼いてくれているらしく、悪い話は聞かない。
拓海はいい先輩に恵まれたな、と文太は思った。
「あ、この菓子はチームのみんなからです。あ、それとオレから個人的にこれを……」
そう言うと、池谷はジーンズのポケットから、小さな封筒を出してカウンターに置いた。
「……?」
文太はその封筒を手にし、中を改めた。
プラスチックの名刺サイズの薄いカードが入っている。「基本コース無料」と書かれ、右隅に筆記体で英字で店名らしきものが書かれている。
「これ、オレがバイトしてる店の無料のチケットなんです……あ、バイトの件は店長には内緒で、」
すみません、と口の前で人差し指を立て、池谷ははにかんだ。
「ああ、そりゃあ走り屋すんのにスタンドの給料だけじゃ足りないんだろ?」
そのくらいは分かっている、と文太は笑った。
「ええ、そうなんです。アイツの……車のローンもまだ残ってますし、ガス代払ったらタイヤも買えませんし……」
「ま、そりゃ昔も今も走り屋ってのはそういうもんだな。みんな稼いだ金は全部車につぎ込んでたさ。で、こりゃなんの店だ。居酒屋か? バーか?」
お洒落な英語の店名からするに、居酒屋ではなさそうだ。バーか、レストランあたりだろうか。
「バー……っていうか、まあ……その、要するにお酒飲むお店です。スタンドの方はまだ休んでるんですけど、バイトは昨日から行ってるんで、よかったら今日でもいらして下さい。二時間、飲み放題です」
「そうか、丁度何もねぇから早仕舞いしてお邪魔するか」
「早仕舞いは困りますよ、ちゃんと営業して下さい」
慌てる池谷に冗談だ、と笑い飛ばし、文太はそのカードを胸ポケットに仕舞った。
二時間お酒を飲み放題、呑ん兵衛のハートをがっちりキャッチする言葉だ。
「で、お前さんはここでどんなバイトしてんだ。皿洗いか? バーテンか?」
ついでのつもりで訊ねると、池谷の視線が一瞬、宙をさまよった。間を置いて「……まあ、そんなところです」と笑った。
おや、と思った文太だったが、呑み放題の言葉の前には、その疑問はすぐにかき消えた。
池谷が帰った後、定時まで営業するつもりだったのだがやはり早仕舞いをして、シャワーを浴びて出かけた。
拓海には「店のあまりもので夕食を済ませておけ」と書置きをして……。
店の場所は池谷から聞いていた。
繁華街から二本入った通りの一番奥だという。
一本入った通りは飲み屋街で、そこには何度も行ったことがあったが、そのまだ向こうに通りがあったことを文太は初めて知った。
そしてその通りも飲み屋街だった。その一番奥に、まだ新しい、立派でお洒落な夜の店らしき建物が、ある。
例のカードに書かれているのと同じ店名の看板が前で光っているから、ここで合っているのだろう。
「こんばんは……」
重いドアを押して開けると、カラン、とベルが鳴った。
いらっしゃいませ、と数人の男性の声に迎えられた。
「…………」
中に入ると、カウンターの奥にバーテンダーらしき男性が数人立ち、カクテルを作っているのが見えた。
ボックス席、カウンター席……まだ早い時間ながら客は結構いた。
が、
(なんで男しかいねえんだ……?)
客も、接客しているであろう側も、どちらも男性しかいない。
綺麗じゃなくてもいいから若いお姉ちゃんと話をしながら呑むんだと思って来た文太だった。
「あ、藤原さん!」
店の奥の暗がりから、聞きなれた声がする。
小走りに駆け寄ってきたのは池谷だ。
「おう、来てやったぜ」
「すみません、ありがとうございます」
「いや、お礼を言うのはオレのほうで……ほい、コレ」
昼間に渡されたカードを池谷に渡すと、「ありがとうございます」と両手で受け取り、側にいたバーテンダーらしき男に「オレの知り合いの方。キャンペーンで一人。個室利用で」と渡していた。
「さ、どうぞ、こちらに」
「ああ……」
池谷が先に立って店の奥へと通された。
カウンター席の側を、ボックス席の横を通って――ふとボックス席に目をやると、客らしき中年男が、まだ若そうな従業員の男性の膝に頭を置き、猫なで声で甘えていた。
(……ちょっと、待て)
文太の鼓動が一気に速くなった。
これは、もしかして、だ。
隣のボックス席では老人と言ってもいいだろう、身なりの良さそうな白髪の男性がやはり若い従業員の手をぎゅっと握り、「君さえ良かったら、この老いぼれはもう一度、生きる希望を得ることが出来るんだよ」となにやら深刻な話をしているではないか。
(ここって……!)
疑問が、確信に変わっていく。
「こちら、どうぞ」
店の奥の、「3」と木札の下がった個室らしきドアの前で池谷が止まり、ノブに手をかける。
「おいっ、池谷っ」
文太はそのノブを回そうとする手を握り、耳打ちした。
「お前、ここって、もしかして……」
「はい」
「おっ、お、男同士の店じゃねえのか…っ」
そう。
どう見たって、そうだ。
「……そうですけど、あれ、オレ言いませんでしたっけ……」
池谷はきょとんとして答えた。
「言ってねえっ!」
「あれ、だってお店の名前見たら気づきませんか?」
「あぁ?」
「うち、『ボーイズバー オスカーワイルド』って名前なんですけど……」
「……!」
筆記体で店の名前をちゃんと読んでいなかった。
ボーイズバーとは。オスカーワイルドとは。あまり学の無い文太でも知っている、外国の、ホモの作家の名前。その名を冠した店。
そういう店だと、来る前に気づくべきだったのだ。
「大丈夫ですよ、ウチが初めての方って多いですから、さ、どうぞ……」
男性同士の店に来たのはもちろん文太には初めてで、その驚きもさることながら、群馬にそんな店があったこと自体がもっと驚きで、池谷が其処で働いていることには更に驚いた。
驚きと混乱の中、文太は「どうぞ」と、にっこり微笑んだ池谷に勧められるまま、個室に入った。
「どうぞ、掛けて下さい」
中は大きめのソファとガラステーブルと冷蔵庫があるだけの、窓も無く狭い部屋だ。
いや、よく見ればガラステーブルの上には籠があり、その中にあるのはまぎれも無く、ローションとお絞りとコンドームだ。
「……あ、ああ、」
とりあえずソファに腰掛けると、文太の視線は宙を彷徨った。
やけに消毒薬臭く、ソファの上に置いてある雑誌は古いホモ雑誌のバックナンバーだ。
「すみません、説明が足りなくて。オレもバイトは色々と考えたんです、でもスタンドと時間がかぶらなくて、それでいて割がいいバイトをさがしてたら、こういう店になっちゃったんですよ」
文太にお絞りを渡しながら池谷が照れくさそうに言った。
「そうなのか……」
確かに走り屋は金がかかる。どれだけガソリンを撒きちらして走り、タイヤを削ったかで速さが決まるような世界だ。
(だからってこんなとこで……)
「まぁ、最初はなれなくて色々戸惑いましたけど、その気はあったんで、なんとかやってます」
「……」
「一応、ここじゃ売れっ子なんですよ」
「……売れっ子……、」
(い……イマドキの若い連中は……)
池谷が冷蔵庫から瓶ビールや焼酎やグラスを出してきた。
「今日はこの個室、藤原さんの貸切なんで。メニューどうぞ」
メニューの表を広げられたが、ちっとも頭に入らない。
文太は迷った。
どうする?
酒だけ飲んでとんずらするか。とんずらするにしても、何と言ってとんずらするか、だ。
自分にはその気はないのだから素直にそうだと言えばいいのだが、折角誘ってくれた池谷に悪い気もする。いやしかしそれでは大切な何かを失ってしまう気がする。
というか、失うだろう。
店の用事を思い出したと言うか、それともお腹が痛くなったとでも言うか……。
考えながらも、
「とりあえず、ビ、ビール……」とオーダーした。
ホモの気はなくとも、タダ酒は飲みたいのだ。
「はい、わかりました」
手際よく栓を抜きグラスに注ぐ池谷は、昼に来たときと同じ格好で、とてもこんな店で働いているようには見えなかった。
世間話をする心の余裕は、今の文太にはない。
ビールを一気に煽った。
が、味が分からない。
「あ、これオススメなんで、こっちもどうぞ。どうせ飲み放題ですから」
外国製らしい瓶ビールを池谷が開けてくれて別のグラスに注いでくれた。それも飲んだが、やはり、味が分からない。
「じゃあ、始めましょうか」
「なっ…………!」
「藤原さんはそのまま、ビール飲んでてください。オレがサービスするんで……こういうお店は初めてなんですよね?」
「あ、ああ、そりゃあ、まあ」
「じゃ、初めての方はオレらボーイがリードしますから」
――リードってなんじゃぁぁぁぁ!
文太の心の叫びは、声にはならなかった。
池谷は文太の傍に座り、股間に手を伸ばしてきた。
逃げようとした文太だったが、時既に遅し。
「っ、」
「大丈夫ですよ」
逃げるよりも先に池谷の手が文太の股間の前を寛げ、下着の向こうから、使い込んで黒々とした竿を出してきた。
勿論、勃起などしていない、ふにゃちんだ。
それをお絞りで軽く清めたかと思うと、
「ん……」
池谷は身を屈め、文太の竿を口に銜えた。
(―――……!)
文太の驚きは興奮に変わった。
生暖かくぬめった池谷の口腔内は、きゅっと文太の竿を締め付けた。
喉の奥深くまで咥え、精一杯吸い上げる。
(う……)
文太はごくりと息を飲んだ。
(上手いじゃねえかっ……)
池谷のフェラチオは絶品、だった。
一瞬口を離したかと思うと、文太の竿は唾液でぬめり、てらてらと光っている。それが淫靡に見える。
「ん、」
池谷は竿をまた咥え、今度は指で根元を扱き、もう片方の手はジッパーを探り更に奥へと……ふぐりを撫ぜる。
同性同士、イイトコロは知っている。だからこそ出来る芸当だ。
「藤原さんのって、」
上目遣いで、頬を少し赤くして見上げてくる。
「な、なんだ、」
文太の声は裏返った。
「おっきいし固いし黒いし……結構、遊んでますよね?」
「い、いや、別にそんな……最近は……」
オネエチャンをブイブイ言わせて暴れ遊んでいたのは昔の話で、拓海も年頃になった最近はご無沙汰気味だ。
しかし、久々の体験が、まさかの同性とは。
「こんなおっきくて固いの、他のボーイたちが見たら奪い合いになりますよ。藤原さんくらいの年の方って、人気なんですよ」
池谷はそんなことを言いながら、下から上へとべろりと舐め、また下りる。
「……くっ、ぅ……」
文太は与えられる刺激を、必死に堪えていた。
池谷の売れっ子発言はあながちフカシではないのではないか……とても、上手い。
(ヤバイっ、これ……上手すぎるぜこいつ……)
覚えのある「頂点」がじわじわと競り上がってくるのを感じ、文太は腰をもぞもぞとさせ、池谷の髪を掴んだ。
「いい、もう、いいからっ、」
(出るっ……)
髪を掴んで揺さぶっても、池谷は文太の竿を咥えて離そうとしない。
「ぁ、っ、……――……!」
目の裏でフラッシュが眩く点灯し、文太は池谷の口腔内に、精子を放った。
ごくん、と音がした。
「……すごく濃いです……」
あろうことか文太の精子を飲んだ池谷が、にっこりと笑って顔を上げた。
「お前っ、」
「藤原さんの精子、すごい濃いし量も多いですよ」
口元をぬぐって身体を起こした池谷の頬は上気し、一仕事を終え、額には汗がにじんでいた。
その顔が―ーとてもエロく見えたのだ。
男同士、なのに。
じゃあ本番しましょう、と池谷が言った。文太は素直に頷いていた。
ソファに座る文太の目の前で、池谷が一枚ずつ服を脱いでいく。
文太はそれを呆然として眺めていた。
彼の身体にはまだ事故の怪我が残っている。擦り傷や、絆創膏があちこちにある。
「ちょっと、そんな、じろじろ見ないで下さいよ」
恥ずかしそうに照れる池谷は、全裸になると文太の竿にコンドームを上手に被せ、自分のものにも被せた。
両方が被せることで、後始末が楽なのだという。
「じゃあ、いきますね」
「あ、ああ……」
ソファに深く腰掛けた文太に、向かい合う格好で池谷が跨ってくる。ローションをたっぷりと垂らした文太の竿に、自分の後孔を宛がい、体重の重みで入れようというのだ。
「ん、……」鼻にかかったような声を出して、池谷が目を瞑る。
(きたっ……)
何かに入ったのが、文太にもわかった。
(狭い……きついな)
尻の穴は体験したことが無かったから、初めての感覚だ。女の膣よりつるんとしている気がする。
「あ、ぁ、おっきい……」
文太の肩口に頭を預けて、池谷はゆっくりと腰を下ろす。ずぶずぶと、ローションの水音がする。
「藤原さんっ、」
たまらず池谷がキスをねだる。文太はためらったがキスをしてやった。
(っ、締め付けやがるっ……)
やがて池谷の孔に、文太のものが根元まで入ったのがわかった。中はきつくてぎゅっとしめつけてくる。
「動きますっ、」
宣言して、池谷が上下に動き出した。
「あ、あ、――あっ、は、っ、は、ッ」
最初は浅く、次第に深く。
文太の上で、裸の池谷は恍惚とした表情を浮かべていた。
池谷自身の竿は細めだがなかなかの長さで、ゴムの中で窮屈そうにしている。
「藤原さんっ、すごいっ、硬くて……こんなのっ、」
「そ、そうか……」
褒められているのか、それともお世辞なのかは分からないが、悪い気はしない。
なにより文太自身、気持ちよかった。
(やばいな……すげぇ気持ちいい……)
池谷のフェラも絶品だったが、中はきつく、名器といっていいだろう。時折きゅっと更に締め付け、文太を煽る。
「ほら、藤原さん、見て……」
池谷が部屋の入口のほうを振り返って言う。
文太もつられてその方を見ると、なんとドアに小窓があり、幾つもの目が其処から覗いているではないか。
薄暗くて見えづらいが、みんな若そうだ。
「他の、ボーイたちが見てますよっ……オレらの、」
「な、何っ」
「みんな藤原さんのでっかいちんぽが羨ましいから……あれきっと、こっち見ながら下でコいてますよ」
ふふ、と優越感に浸るような顔をして、わざとキスをして、池谷は外にいるボーイたちを煽った。
見られてセックスするのも勿論初めてで――突然おかれたこの状況に、混乱と興奮は入り混じり、文太を昂揚させた。
漸く文太は池谷の腰に手を回した。男にしては細いそこを撫でて、尻たぶを掴んだ。
指を、尻たぶの中に這わせると、自分の竿に触れる。
池谷の中に入っているのだと、わかった。
「藤原さん、と、セックスできて嬉しいです」
額に汗を浮かべて池谷は微笑んだ。
やばい。
このままでは、本当にそっちの道に堕ちる。
いいじゃないかそのまま堕ちちまえよ。どうせ独り身の気楽なおっさんだろうが。
文太の頭の中で天使と悪魔がせめぎあったが――
気持ちよけりゃ何でもいいんだよ。男でも、女でも。
悪魔が、勝った。
体勢を変えて、ソファの上で四つん這いにさせた池谷の後ろからまた入った。入れる角度が違うと感じ方も違い、さっきとは別の快感が文太を誘った。
文太の竿を咥えこんで皺をいっぱいにひろげる池谷の孔に、深く、楔のように、打ち込んだ。
入り口のドアの小窓からは、また違うボーイたちが覗き込んでいる。
「藤原っ、さん、っ、スゴイっ……こんなのっ……!」
クッションに顔をうずめて、悲鳴のように声をあげて感じまくる池谷に、文太の中で目覚めた「何か」は益々煽られる。
「もっとっ、もっとっ……!」
池谷はゴムを被った自分の竿を自分で扱き、尻をきゅっと締め上げる。
「藤原さんのでっかいちんぽっ……もっと下さいっ……!」
池谷に乞われるがまま、文太は腰を打ちつけた。
その後も体勢を変えること二度三度。
酒を口移しで飲ませあったり。
壁に向かって立った池谷に後ろからだったり。
床に仰臥した文太に池谷が跨ったり。
兜合わせをしたり――結局、時間ぎりぎりまで、池谷とのセックスに耽ってしまった。
「……ちょっとしか酒飲んでねぇんだけどよ」
一応の区切りである時間にはセックスは終わり――ゴム越しではあるものの池谷の尻の穴で射精してしまった文太は、のそのそと着替えながら酒を殆ど飲んでいないことに気づいた。
「じゃあ、シャワー浴びたら延長しますか? 今日はオレのサービスなんで、無料ですから」
部屋の隅には文太も気づかなかった薄い扉があり、その向こうは狭いがシャワーになっているらしい。先にシャワーを浴びた池谷が文太のためにタオルを用意しながら訊ねた。
「……ああ、じゃあホントに酒だけ……」
「あっちのボックス席ですけどいいですか」
「あっち……まぁ、いいけどよ」
他の男とボーイたちの会話を聞きながらというのはいささかどうかと思ったが、池谷とあそこまでやってしまって、今更恥ずかしいもなにもないだろう、と開き直ることにした。
「オレ、売れっ子だからサービスは沢山出来るんですよ」
「そうなのか……」
「ええ。売れたら売れただけ、新しいお客さんを呼び込むための無料カードをくれるって言うシステムで……」
と、店のシステムを説明してくれたが、文太には良くわからない。
「でも、ウチの店長はこの店はあんまり好きじゃないみたいなんで、ここでバイトしてることはバレたらやばいんですよ」
「……あんまり好きじゃないって?」
どうにも引っかかる池谷の言葉に、文太は思わず突っ込んだ。
「あ、ウチの店長はここじゃなくて高崎の方に新しく出来た店のほうが好きみたいで……でもあっちは料金も高いしボーイの質も……」
「なっ……! 祐一もホモだったのかっ!」
「ええ、そうですけど……あれ、ご存じなかったんですか」
「知るわけねえだろ、そんなの……」
本日何度目の衝撃だ。
長年の親友だった祐一もホモだったなどとは。
「……頭痛が……」
頭がずきずき痛んだ。
シャワーを浴びて個室を後にすると、廊下にいた、池谷いわくのほかのボーイ達が文太のことをじろじろと見てくる。
Tシャツにジーンズのような、普段着ばかりのボーイたちだが、彼らも池谷のように男たちの性的な相手をするのだろう。
「駄目だよ、この人は今日はオレのお客なんだから」
池谷が文太の腕に自分の腕を絡ませてそう言ったが、「今度何時来るのおじさん」「ねぇ、あとで遊んでよ。安くするし」と声を掛けてきた。
「みんな藤原さんがいいんですよ」
「……そ、そうなのか……」
池谷に腕をとられたままボックス席のほうへと歩いていると、
「お、オヤジっ」
向こうから、お絞りを入れた籠を抱えて歩いてきたのは、なんと、拓海だった。
「た・拓海っ!?」
拓海は学ラン姿だ。
「あっ、いけねっ拓海って今日出勤日だったんだ」
池谷がしまった、と舌打ちしたが、後の祭りだ。
「お前、なんでこんな場所にっ!」
「そういうオヤジこそ……」
「拓海お前まさかココで働いてんじゃ……」
「悪いかよっ! オレも、こないだ秋名でバトルした人みたいなかっこいいスポーツカー欲しいんだよっ!」
「なっ……だからってお前、」
「オヤジこそ売れっ子の池谷先輩のサービス受けたんだろ! 絶品のフェラチオしてもらったんだろっ!」
「そりゃそうだけど……ちょっと待て、拓海っ!」
「やだよっ! オレこれから仕事なんだからな! 指名入ってんの!」
「……やばかったなぁ、拓海の出勤日忘れてた……藤原さんにお礼するつもりが……拓海のここでのバイトは内緒だったのになぁ」
池谷の後悔をヨソに、藤原親子は店のど真ん中で盛大にモメていた。
(終)
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