午前六時。
祐一の経営するガソリンスタンドの開店時間は午前七時、国道沿いということもあり、開店時間は早い部類だ。
早出の従業員はこの時間には出勤することになっている。
経営者の祐一は誰よりも早く来て事務所を開けるのが日課で、いつもの通り一仕事を終え、コーヒーを飲みながらテレビでニュースを見ていた。
今日の早出当番は『文太』だ。
まだ通行量の少ない国道を横切って、古びたママチャリがスタンドへ入って裏手へ回っていくのが見えた。
(『文太』か……いつもよりは早いな)
普段ならもうすこし遅い時間に来るところを、今日は珍しく早い。珍しいこともあるものだと、祐一は小さく笑った。
「……おはよーございます……」
「おう、お早……」
派手なスカジャンにマフラー、普段通りの『文太』が入ってきて、だるそうに祐一に挨拶をし、返そうとした祐一の時間が、止まった。
「どうしたんだ『文太』、その顔!」
祐一は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
なぜなら『文太』の顔には、怪我の痕があったからだ。
擦り傷と痣が左の額から目の辺りに掛けて、実に痛々しい。
試合後のボクサーのようだ。
「あー……色々、あって、」
頭をぼりぼり掻きながら、『文太』はきまり悪そうに俯いた。
「誰かと喧嘩したのか? ちゃんと消毒したのか? 病院は……」次々言いながら心配そうに顔を覗きこんでくる祐一から目を逸らしながら、『文太』は「消毒はした、一応」と呟くように言った。
「……喧嘩か?」
祐一の問いに、一瞬、間を置いて、『文太』が首を横に振った。
「そんなんじゃない……」
「じゃあ、何だ」
「別に祐一に言わなきゃいけない理由ってねぇだろ?」
「そりゃそうだがな、けど今のお前はウチの従業員だ。従業員のことを心配するのは経営者の役目だ」
きっぱりと言い切る祐一の真剣な表情に、『文太』はきまり悪くなった。
「……」
その、何かを隠しているような『文太』に、祐一は感じるところがあった。
(……もしかして――)
だがその予感を今ここで彼相手にぶつけるのは違う気がした。
「ま、その顔じゃあ客の前には出せないな」
「え、じゃあオレ今日の仕事……」
「帰れとは言わないさ。裏方仕事を頼む。みんなが出勤するまでは給油はオレがやる」
「うん、……」
『文太』はこくんと頷いた。
「早く着替えて来い」
肩を叩いて促すと、『文太』は足を引きずるように、休憩室へと向かった。
(やれやれ……)
派手なスカジャンの背中の刺繍がかすみそうなくらいの足取りの重さと力なさに、祐一はため息を落とした。
あんな派手な怪我をさせそうな人間を、一人、知っている。
『文太』の25年後の姿である、文太その人だ。
祐一からの『暇ができたら寄ってくれ』との連絡を受け、文太がスタンドへ向かったのは、夕方近くになってのことだ。
豆腐屋をひと仕舞いつけ、ハチロクのガソリンを入れる用事ついでに寄った。
「文太、加減ってモンを知らねーのかよ、お前は」
「知らねーよ」
主語も無く会話が成り立つのは、長年付き合いの深い二人だからこそ、だ。
店員にハチロクのガソリンを入れさせている間、文太は祐一に誘われて事務所でコーヒーをご馳走になっていた。
夕方のスタンドは客足も多い。次々と入ってくる車を店員たちが手際よく捌いていくのを、ガラス越しに二人で見ながらそんな会話を交わす。
今夜は秋名山でどこかのチームがバトルを行うらしく、いかにもな車が多いようだ。
「頼むからうちの看板店員のお面に傷だけは止して欲しいんだけどなぁ」
甘めのコーヒーを煽ると、祐一は「ありゃちょっとやりすぎじゃねえか」と眉をひそめた。
『文太』のことだ。
「……アイツが悪いんだよ」
ふん、と忌々しげに文太は顔をしかめた。
『文太』に怪我をさせたのは文太だとはにらんでいたが、それは当たっていて、なおかつコトの根はどうやら深そうだ。
「いい年したおっさんが、若いヤツ相手に何むきになってんだ」
「むきになったんじゃねぇ。アイツが口答えするから分からせただけだ」
「それをむきになってるっていうんだよ」
全く、文太はいい年をしてまだ子供っぽいところがある。
祐一は肩を揺らして笑った。
まったく、昔から変わらない男だ。
「あのなぁ、オレだって真剣に色々考えてんだぞ!? なのにアイツが考えなしに動き回るから……」
「分かったよ、でっかい声だすなよ。何が原因なんだよ」
「……何がって、アイツが――『文太』が、他の県の峠でチーム張ってる連中と仲良くなったらしくてよ」
「ふぅん……そんな悪いことか? それ」
「ああ、時期と相手が悪いや」
文太はしかめっ面をしたまま、ぬるんだブラックコーヒーを飲み干し、胸ポケットから煙草を取り出して咥えた。
「アイツはすぐに誰とでも仲良くなりやがるからな……その相手ってのが、今、うちの拓海がやってるプロジェクトDの連中と、あんまり仲が良くないチームのリーダーなんだよ」
「へぇ」
「栃木の……エンペラーか。そこのリーダーの須藤とかいう男だ」
「エンペラーか……確かに相手が悪いな。高橋涼介とエンペラーの須藤じゃ水と油だな。冷戦時代のアメリカとソヴィエトだ」
「それで、アイツは藤原って名前は一応名乗っちまってるから……話の流れで、拓海の身内かって聞かれ、違うって否定すりゃいいのに、そうだって肯定しちまってんだよ。
拓海の身内がエンペラーと仲良くしてるなんて話になって、Dがもし負けでもするようなことがあってみろよ。
拓海が疑われるようなことになりかねねぇんだよ。
けどそれを幾ら言っても、アイツは『拓海とオレは関係ねえ』って、『誰と遊ぼうがオレの勝手だ』って言いやがるんだよ。それで、」
こう、と文太が殴る仕草をした。
祐一は「なるほど」と一応の納得を示した。
「ま、文太の言い分は分からないでもないけどな。父親としちゃそりゃ拓海に火の粉が降りかかるようなことは避けたいっていうのもあわかる。けど殴るのは……」
「殴って分かるヤツならまだましだ。アイツはそれでも懲りてねえんだからよ」
エンペラーの須藤京一はプロジェクトDとの対戦を望んでいる、というのは北関東の走り屋界隈では割とメジャーなうわさのようだ。
尤も、プロジェクトDの高橋涼介が対戦相手を選定しているため、エンペラーが幾ら望んでも高橋涼介が首を縦に振らなければ叶わないことではあるのだが。
「で、その分かってねえアイツはどこいったんだよ」
きょろきょろと辺りを見渡した文太だが、『文太』の姿は見えない。
「ああ、池谷と灯油の配達に行かせたよ。あんな顔じゃ人前には出したくないからな」
各家庭のボイラータンクの減り具合を見て給油して回る灯油配達なら、あまり人とも会わないと祐一が判断して池谷について行かせている。
「全く、お前ももうちょっと大人になれよ」
「オレはもう大人どころかおっさんだよ」
「そのおっさんがガキ相手に拳振り上げるのは見苦しいぜ」
「うるせーよ……」
「しょげてたぜ」
「しょげてるくらいで反省してるとは思えねぇよ、あのクソガキは」
「そのクソガキは誰の若い頃なんだよ」
祐一の言葉に、文太は言葉に窮した。
「……」
『文太』は祐一からは、文太がスタンドに来たことは聞かされなかった。
そして、夕方になると顔の腫れも痛みもだいぶ引いた。
池谷をはじめとする他の従業員たちにも散々心配され、色々と聞かれた。
腫れがすぐに引いたのは若さもあるだろうが、パートの主婦が、わざわざ家に取りに帰ってまで持ってきてくれた塗り薬を塗ってくれたおかげもあったのだろう。
「明日には人前に出られるな」と池谷に言われて頷き、『文太』はタイムカードをしてその日の仕事を終えた。
日暮れ時の街を、古いママチャリで通りながら夜はどうしようか、と考える。
(おっさんのとこ……行こうかな……)
昨日はつい、売り言葉に買い言葉になってしまった。
『ふざけんのもいい加減にしろっ!』
怒号と共に、文太の鉄拳が飛んできた。
悪気無く飲みに行った相手が、まさか高橋涼介と仲の悪いチームのリーダーだとは、『文太』は露ほども知らなかったのだ。
訊かれて素直に拓海の身内だと明かしたのが、そんなに悪いことだとは思わなかった。
『うるせえよ、オレが何しようとオレの勝手だろ!』
『勝手じゃねえ! こっちでいる以上はこっちのルールに従えってんだ!』
『何がルールだよ! オレは好きでこっちにいるんじゃねえよ!』
売り言葉に買い言葉とはあのことだろう。
つい、かっとなってしまった。
気づいたら文太に殴られて床の上だった。
『拓海に迷惑がかかるんだっ!』
口を開けば拓海拓海と、文太の親ばかには呆れることもある。
それでも、やっと夢を持った息子の拓海のためだ、という文太の気持ちを無視はできない。
(謝っといたほうがいいのかな……)
悪かった、軽率だった。
そういって謝れば、文太とはまた元に戻れるだろうか。
拓海にも言い訳をしておいた方がいいだろう。
(大体はおっさんが相手してくんねぇのが悪いんだぜ)
そもそも『文太』がそのエンペラーの須藤と出合った店に行くきっかけになったのは、文太が最近かまってくれないからだ。
やれ店が忙しいだの、商工会の寄り合いだのと『文太』が行ってもちっとも相手をしてくれないから。
文太からは、無免許だから運転はするな、峠に行くと面倒が起こると散々言われているから、峠にも行けない。
だから昨日はバイトの後、『文太』は夜の街に一人で繰り出した。
安めのバーで飲んでいたら、隣に座った男と車の話で盛り上がった。そうしたらその男が「だったらもっとよく知ってるヤツを呼ぶ」と呼んだのが、友人だというエンペラーのリーダー・須藤京一だったのだ。須藤は仕事で偶然、群馬に来ていたようだ。
『文太』は藤原としか名乗らなかったが、相手はすぐに拓海と繋げてきた。
拓海と須藤がバトルをしたことは知っていたが、高橋涼介と須藤が仲があまりよくないことは文太に知らされるまで知らなかった。
知らなかったから、身内だということと、住まいを……政志の工場の三階のことを明かしてしまった(もっとも、身内だとあいまいな表現にはとどめたのだが)
(拓海のこととか考えないといけねーんだな……)
美味しい匂いのする惣菜屋の前を通りがかり、文太や拓海に何か買っていこうかと思った。
(あ、あれ旨そ……)
『文太』の好みは、文太の好みそのものだ。
揚げたてのコロッケをトレーに盛り付けるのが見えて、『文太』は自転車を降りた。
「おばちゃん、コロッケと、あとハムカツと……」
謝るつもりはあった。
だから手土産を持参で、藤原豆腐店を訪れたのだ。
なのに、
「……マジかよ」
豆腐屋のシャッターは閉まり、ハチロクもインプも不在。
「臨時休業」の張り紙が風に靡いていた。
「ちぇっ……何だよ、折角買ってきたのに」
口を尖らせて、温かいビニール袋を掲げた。3人分、買ってきたのだ。
(んだよ、あのくそオヤジっ。拓海は兎も角……昨日の今日なんだからオレが来ることくらい予想しとけっつの!)
スマートフォンで連絡を試みたが、どちらにも繋がらないし、メールの返事も無い。
仕方なく裏口に回って、貰った合鍵で裏口を開けて入った。
冷蔵庫に、文太と拓海の分のコロッケなどを入れてメモをちゃぶ台の上に置いた。
本当は一緒に食べようと思っていたのに。
(使えねーおっさんだな……)
昨日殴られた時は本当に嫌いだと思った。
けれど、時間が経つに連れ、文太が言った言葉の意味を反芻して、なんとなく、文太が怒るのも分かる気がした。
エンペラーの須藤と飲んで話して、須藤が打倒プロジェクトDをかなり本気で考えていることを知った。
『文太』がいたあの時代より、今の時代の走り屋界隈、ことに拓海の回りは何かと大変だということ。
群馬の豆腐屋のハチロクと言えば、北関東の走り屋たちは我こそはとこぞってバトルをしたがっている。
だから文太は、拓海の迷惑にならないように色々と気をつかっていることは知っていた。
拓海がプロになるため、邪魔にならないように。
どんな界隈でもそうだ。本人が幾ら才能が有って努力をしても、周りが邪魔をして潰してしまうことは往々にしてあることで。
そんなことはしたくないと、文太は以前言っていた。
(高橋涼介と仲悪い走り屋と仲良くなっちまったのはまずかったかなぁ、やっぱり……)
自分から高橋涼介に会って、誤解を含んだうわさが伝わる前に弁解をしておくべきかと、『文太』は思った。
「あ、……」
居間から二階に上がる階段のふすまが、少し開いている。
「……」
吸い寄せられるように、二階に上がった。
二階には二部屋と小さな納戸だけだ。
『文太』のいた世界では『文太』の部屋だった場所が今の拓海の部屋で、両親の部屋だった場所が文太の部屋だ。
文太の部屋の襖を開けると、寝乱れたままの布団は敷きっぱなしだし、カーテンはあまり綺麗じゃないし、読みかけの新聞が散らかっている。
「あの駄目オヤジっ」
ぶつぶつ難じながら布団を畳んで新聞を片付けてやった。脱ぎっぱなしの靴下まで転がっている。
(……おっさんの匂いがするな……)
文太の部屋だから当たり前だけれど。
(なんで謝りにきたのにいねえんだよっ……)
「ふ、……」
股間に、自然と血液が集まってくる。
文太の部屋。
文太の匂いがする――抱かれているみたいで。
「っ、くそっ……!」
こみ上げてくる衝動には逆らえなかった。
畳んだ布団に顔をうずめて、『文太』は四つんばいになった。
慌ててジーンズと下着だけを脱いで、硬く勃起した、もう何日も文太に触れられていないペニスを、扱いた。
「っ、文太っ、文太っ……なんで帰ってねえんだよっ、」
拓海がいなかったら、謝って、そのまま抱いてもらえたかもしれないのに。
いつも口うるさくてうざったい保護者のように振舞う文太が、セックスの時は優しかったり、逆に自分に甘えてきたり、とても可愛がってくれる。だから文太とのセックスは一番好きだ。
一人でする行為はむなしく、すぐに頂点が訪れて。
「ああっ、出るっ、出る……っ!」
慌てて引き寄せて抜いたティッシュを宛がえば、白濁が迸る。文太を思いながら、『文太』は一人、果てた。
文太を思いながらする一人上手は、冷えた空気に、溶けた。
後始末をして豆腐屋を出、裏口に施錠をしたところでスマートフォンの通知ランプに気づいた。
「――あ……、」
昨日交わしたばかりのメールアドレスからだ。
須藤京一。
『今日も群馬にいる。暇か?』と、フランクな誘いだ。
帰っても、特にすることは無い。
「……」
迷いはあった。
それでも、文太に会えないことは『文太』の心に大きな穴を開けていた。
『いいよ。どこ?』
返信をすると、すぐに須藤から着信があった。
仕事ということもあって、流石の須藤もエボでは来ていなかった。
居酒屋を 指定されて其処に向かうと、個室が用意されていた。
既に飲んでいた須藤と、二人きりのようだ。
「こんばんは」
「おう……どうした、その顔」
「ん? これ? ちょっとね……」
薄暗い個室の中だけれど、狭いから差し向かうと須藤には『文太』の傷はよくわかってしまう。
「なんかあったのか」「ちょっとだけ」「喧嘩か?」
訊かれて、少し迷って、「オヤジに殴られた」と言った。
「……ふぅん」
須藤もそれ以上は聞いてこなかった。
既に並んでいる料理で須藤は杯を重ねていたようで、どうやらこっちで会う予定だった女性と予定が合わなくなったらしい。
「峠で走ってるとやっぱモテるんだ?」
冷やかすよう に訊くと、
「暗いからな、速いと三割り増しでよく見えるんだろうよ」と自虐的に笑っていた。
会ってくれない文太と、目の前にいる、会ってくれる人間。
どちらを選ぶといわれて、前者を選ぶつもりだったのだ――つい、さっきまでは。
勧められて『文太』も酒を飲んだ。
話してみると須藤はとても面白い男だった。
車のことは勿論よく知っているし、それ以外のことにも詳しい。
自分はアマチュアでずっとやっていきたいという信念を持っているらしく、ジムカーナやアマチュアのレースへ出た時のことを詳しく語ってくれた。
自分の世界で居た頃の『文太』はまだ峠で走っているだけだ。そういったものは、遠い存在だ。
文太はプロも経験している けれど、19才の頃はまだだたの峠の走り屋だったのだ。
「面白そう、また隣乗せてよ」
そういうと、須藤は「いいぜ。今日は飲んでるしエボじゃないから駄目だがな」と怖い顔に笑みを浮かべて笑った。
文太に昨日殴られた痛みは、薄らいでいった。
代わりに、文太に会えない寂しさが、傷のように広がっていった。
掘りごたつの狭いテーブルに差し向かって話をしていたのに、須藤のスマートフォンの中に収まっている草レースの動画を見せてもらうのに隣に座った。
狭い個室の狭いテーブルだ。
「へぇ、すげーの」
小さな画面の中では、須藤のランエボが唸りと白煙を上げながら、狭いコースをうねるように走っていく。
「誰が撮影したの?」
「チームの連中だ」
「へぇ」
優勝したジムカーナの様子を撮影した動画だ。
「結構人いたの?」
「まぁな。その割に賞品が大したことなくてな」
「なんだよそれ……」
笑いながら、須藤にふざけて凭れ掛かった。
そうしたら、思いがけず、抱き寄せられた。
「ちょ、……」
一回りもふた回りも大きな身体に。
抗おうとしたが、強い腕に抱きすくめられたら、どうしようもなかった。
「須藤っ、」
「……嫌じゃないだろう?」
耳元で囁かれて、軽く、耳朶を噛まれた。
「お前、男もいけるんだろ? 知ってるぜ」
「な……っ、」
「お前は昨日、名字しか教えてくれなかったから調べてたんだ。藤原……文太」
「 っ、」
教えていないはずの下の名前を言い当てられて、文太は狼狽した。
「当たってるんだな」
「……うん、」
「お前は藤原拓海の身内って、いったいどういう身内なんだ」
「それはっ……教えられない、」
「どうしてだ? じゃあ質問を変えるか。お前、藤原拓海の父親と同じ名前なんだな」
「それ、偶然……」
「偶然か。……もう一つ聞きたいことがある。高橋涼介がお前の家に出入りしてると聞いた」
「う、……」
「裏なら取れている。あのFCは目立つからな」
「……」
その後が、出ない。
「涼介がずいぶん熱を上げている相手がいるとは聞いていたが、お前のことだったんだな」
「っ、」
確かに涼介と、身体の関係は何度 も持った。それこそ求められるがままに。
気持ちよければ誰とでもシたかったからだ。
文太が、かまってくれないから。
なのに、そんな話が、どこからどうやって漏れ伝わったのか。
「お前は今、渋川の、藤原拓海が働いていたスタンドでバイトしてるんだろう」
「……そうだけど……」
追い詰められている。
須藤の腕の中で、『文太』はどうしようもない状況にあった。
「脅すわけじゃない。ただ、お前が誰なのかを知りたくなった。だから調べただけだ」
「そう、か……」
「お前は昨日オレに肝心なところを教えてくれなかったじゃないか。名前も、仕事も。藤原拓海の何なのかも。どうしてだ?」
「それは、」
教えられない理由。単純だ。
だって『文太』は、本来ここには居てはいけない人間だから。
それを言うわけにはいかない。
「……色々あるんだよ。オレにだって、」
「色々って」
「色々は色々だ……離せよ、」
「高橋涼介には全部話したのに、か?」
「……!」
近い距離で、須藤と目が合った。射すくめられたように、動けなかった。
「涼介は 大切な人が出来たと吹聴して回っているらしいぜ、お前のことを」
「っ……あの馬鹿……」
「それは肯定と受け取っていいんだな」
須藤の腕に力が篭る。
「……何がしたいんだよ、お前はっ……」
睨むように須藤を見上げると、須藤の口元がにやりと歪んだ。
「それこそ、こっちも色々だ。涼介が熱を上げている相手が誰なのかを前々から知りたかった。そこにお前が現れてイコールで繋がった。それと……純粋に、お前に興味があるのと、だ」
そのまま、『文太』は唇を奪われた。
(おっさんに謝ること、また増えちまった……)
後悔しても、後の祭りだ。
「……あのガキ、来てたのか」
『文太』が後悔を重ねていた頃、藤原豆腐屋では文太が置き土産に気づいた。ちゃぶ台の上のメモと、冷蔵庫に入った揚げ物。
丁度文太は商店街の集まりで出かけていたのだ。
「来たけど誰もいなかったから置いてく!」
それだけの乱雑なメモ。
文太はくしゃりと握り締め、(昨日はやっぱりやりすぎたか……)と、やっと、やりすぎたことを自分の中で認めた。
おきっぱなしで行った携帯には着信とメールもあった。
今から『文太』の家に行こうかと思ったが、時間はもう遅い。
「仕方ないな……明日またスタンドに寄るかぁ」
祐一立会いの下で謝らせて、それで終わりにしようと、文太は思っていた。
狭い個室で、須藤に抱きしめられ唇を奪われ、『文太』はもう、蕩けそうになっていた。
テーブルの下では須藤の手が股間に伸びてきて、ジーンズの上から丹念に撫でてくる。
反応があると、ジッパーを下ろされ、引きずり出された。
「ここじゃあんまり派手なこともできないな……」
「やめ、」
「やめると辛いんじゃないか?」
「っ、は、」
根元から強弱をつけて扱かれて、息が乱れる。須藤は『文太』に何度もキスをした。舌を絡ませあうキスに、『文太』の背筋を快感が電流のように走る。
須藤のシャツに縋り付き、必死に、堪える。
「須藤ッ……ダメ、だ、ッ、」
「出しちまえよ」
「そんなっ、……」
こんなところでそんなことを、と思う半面、身体の奥底からこみ上げてくるうねりには抗えない。
(ごめんっ……おっさんッ……!)
本当なら今頃は文太に抱かれていた筈なのに。
寂しさから、つい手を伸ばしてしまった。
そういうことをしてはいけない相手なのに。
「ぁ、あッ、う、うぁあああっ……」
出る、と思った、
須藤が着ているジャケットからハンカチを取り出し、『文太』の鈴口にあてがった。
「も、ッ……いくっ、いく……」
「エロい顔するんだな……お前、」
「須藤ッ、」
須藤の手の中、『文太』は吐精した。
「あぁぁ――……ッ」
尻の孔がきゅっとつぼんだ。
其処に何かを入れて欲しかった。
店を出るか、と須藤が言った。
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