襲撃計画



『藤原は、こういうのは嫌いか?』
あの日、プラクティスの合間に連れて行かれた林の木陰で。
木の幹に押し付けられ、キスされて。耳元で、熱っぽい艶のある声で囁かれて。
思わず首を横に振ったのは、オレをそこへ連れて行って囁いた相手がこの人――涼介さん――だったからだ。
他の人だったらきっと、ふざけんな、って思い切り突き飛ばしてた。
前から、オレがもし女だったら、涼介さんの彼女になりたいなー、なんて思ってた。もしも、だけど。
だから涼介さんに囁かれて首を横に振って、『嫌いじゃないです……』って返事をしたとき、ああオレもう戻れないな、とか、ケツの孔痛いんだろうな、とか、考えたりもした。



前者についてはその通りだった。
後者については、……はて。


涼介さんは恐らくというか多分。
きっとほんの少しだけ。
所謂一つの今更なんだけど……変わっている。


なんで、キスより先のことが、オレの乳首触るだけなんだろう。
そんなトコ触って、オレが感じてるのを見るだけなんて、涼介さんはいったい何が楽しいんだろう?



今日も仕事上がりに、涼介さんに会社の前までFCで迎えに来てもらった。
そのまま高崎の涼介さんちまでドライブ。当たり前の様な、定番のルート。
リビングでお茶を飲んで、灯りを落とした涼介さんの部屋に通される。
いつも通りの、綺麗に片付いた部屋。
カーテンの隙間からは夜の住宅街が見える。


「藤原、脱いで」
「……あ、はい」
促されて、ベッドの傍に立ったまま、オレはTシャツを脱ぐ。
その下は素肌。一日仕事で汗かいて、シャワーを浴びたいのに、涼介さんは浴びさせてくれない。
その方が味が濃くていいとか……ちょっと、オレには理解しがたい理由で。
「かわいいな、藤原のココは。綺麗なピンク色だし。最近ちょっと色付いてきたかな。まあそれがまたヤらしいよな」
涼介さんは目を細めて近づいてきて、オレの胸の左側の突起に吸い付く。
ぢゅ、って、品のない音をさせて。
「……ぅ・あっ、……んんっ……」
教え込まれたオレの身体は、それだけで感じてしまう。
強く吸われ、舌でちろちろ転がされ、軽く噛まれる。痛みと紙一重の、快感。
「あ・はっ……ん、う……ッ、乳首、きもちいい……っ」
――ココしか触ってくれないから、ココだけでイけるようにされてしまった。
涼介さんは、キス以外では本当にココしか触ってくれない。逆にココは、しつこいくらい責めてくる。
お陰でちょっと乳首がでっかくなったって言ったら、『嫌なら美容整形するか?』って開き直る始末で。
「りょ、すけ、さ、」
声が、出る。
涼介さんはオレが幾らジーンズの中を膨らませても、触れては来ない。
失うと思っていたオレの”処女”は、まだ守られている。
それってどうよ? って思ったりもする。……痛いのはそりゃヤだけど……半年も経って、乳首だけって。
今時中学生でもセックスしてるってのに。
「う……ぁ、はぁっ……」
涼介さんの肩に乗せた両手に、力が篭る。
左は舌と唇、右は涼介さんの手にしてる小さなローターで責められて……立って、られなくなる。ローターの、ブーンっていう振動音は低く静かに、涼介さんが水音混じりに舐めたり吸ったりする音と混ざり合っていく。
膝が震える。じわじわと、じれったい、甘ったるいやるせなさが胸から下半身に降りてきて……ジーンズの中のオレ自身は、こんな狭いところはヤだって、張り詰めている。
見れば涼介さんだって、ジーンズの中は膨らんでいる。
オレより立派なモノが、あの中にあるのに、触れさせてもくれない……。
「藤原、出して」オレも出すから、と涼介さんが胸元で言う。
頷いて、震える手で、ジーンズの中から解放されたがっているオレ自身を取り出す。ぴん、と遠慮の欠片もなく、天をを仰ぐ。
先走りで亀頭はぬめぬめしてる。今にも放ってしまいそうだ。
涼介さんもローターを放り出して取り出した。オレよりちょっと長い、色の薄い、涼介さん自身。やっぱり上を向いている。
お互いに扱き合ったら、きっとすっげえ気持ちいいのに……。
ビフテキを目の前に、キャベツの千切りだけで満腹にさせられてるような、気持ち。
「ぁ、出る……出る、で、ちゃう、」
「藤原、……ッ、」
涼介さんはオレの乳首に吸い付いたまま。
オレは涼介さんに乳首を吸われて、両手を涼介さんの肩に置いたまま。
二つの分身は触れられる事無く、白濁を何もない空間に向けて放つ。
そして、それはフローリングの床に、ボタボタと落ちる。



……床に混ざり合って零れた二人分の精液をティッシュでぬぐって、顔を上げると涼介さんが微笑んでいる。そのまま、キスされて、舌を入れられる。
『涼介さんって変わってるよな、やっぱ……』
オレはともかく、涼介さんはオレの胸舐めてただけだし。
それでオレの感じてる声とか、汗臭いオレの身体の味? とかでイったってコトで……やっぱ、変わってる。
そういう性癖なんだろうか。
抱きしめられて、舌を絡めあうキスを散々して、解放される。
「シャワー浴びてこいよ。メシ、食いに行こう」
「あ、はい……」
……体の関係が最後まであるなら、一緒に浴びたりするんじゃないのかな。他所の男同士のカップルの事情なんて知らないけど。



頭から熱い湯を浴びながら、色々考えてみる。
「……オレに魅力がないのかな?」
あるかないかと言われれば、確かにお世辞にもあるとは言えないかも知れねーけど。
それでもどうよ、コレ。
もう家に帰って一人虚しく満たされなかった分をしごいてため息つくのは、ヤなんだけど。
「つーか、とっとと童貞卒業すりゃいいじゃん……涼介さん」
ぎゅ、とシャワーのコックを閉じて呟く。
『オレは啓介と違ってこの歳でまだ童貞だから』なんて、涼介さんは酒の席で自虐ネタを言う。そして皆に、そんな男前なのに嘘だ、なんて言われてあははと笑ってる。
―――でも本当に童貞らしい。
そんなこと言うくらいなら、オレでとっとと捨てればいいのに。
それともオレとそこまではしたくないのか? まさかオレのことは乳首しか興味がないわけ?
それは嫌過ぎる……でも。
でも。


「……訴えたところで論破されるのがオチだろうしなー」
あの人頭良さ過ぎるし。オレがああだこうだ言ったって、何倍にもなって返ってくるだろうし。


「……オレが涼介さんを襲ってしまえば……」


ピコーン。

そうだ。

そうしよう。
無理矢理、オレが襲ってしまえばいいんだ。



「……涼介さん、」
シャワーを念入りに浴びて、洗面所にあった、日焼け止めの後に塗るローション……多分啓介さんのかな……を拝借して後ろ手に隠し、涼介さんの部屋に戻る。
ニッコリと、仕事で覚えた営業用スマイルで。
「ああ、藤原。上がったのか。じゃあオレも、」
ベッドに腰かけて本を読んでいた涼介さんは、本を閉じてサイドテーブルに置き、オレの脇をすり抜けようとした。
その手を、ガッと掴む。
上背じゃ負けてても、こちとら現役の運送屋だ。医学書より重いものを持たないガリ勉の大学生に、負ける気はしない。
「どうした? 藤原」
優しく尋ねてくる、涼介さん。
「ね、涼介さん――」


そのまま、床に押し倒す。


半年分の欲求不満。

無理矢理跨って、ぶつけてしまえ。

















――オレは、こうされたかったんだ。藤原に。

オレが無理矢理跨ったせいで童貞を失ったその人は。
我に返ったオレが全裸のまま、すみませんと謝ると、荒い息を整えながらそう言った。
そして、オレの計画通りだよ、とにんまりと笑った。全裸のままで。
バトルに勝利した時と同じ、笑い方だった。


何だよ、それ。

オレ、涼介さんの計画にまんまと嵌められたって訳かよ……。

(終)





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