Please let me photo your imprudent figure
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その夜、拓海が案内されたのは、高崎市内にある松本のマンションだった。
松本の愛車のシルビアに乗せてもらってここまで来たが、そういえば松本の車に乗るのは初めてのことだと気付いたのは、車を降りてエレベーターに乗り込む際のことだった。
そこは単身者用のよくある賃貸マンションで、通されたワンルームは意外なほどにがらんとしていた。
「へぇ、」
啓介の部屋の様に車のパーツが雑然とあるのを想像していた拓海には意外な光景だったらしく、それを見抜いたのか、松本はふっと笑った。
「車関係のものは、ほとんど勤め先の工場だよ」
「あ、そうなんですか……」
思っていたことを見透かされ、拓海は俯いた。
拓海が恥ずかしさを紛らわすように目をやった作り付けの本棚には、幾つかの車関係の雑誌と、D関連の資料が並んでいるだけだ。
そして、壁にはいつも着ているツナギが掛かっていて、薄型テレビの上には大判のパネル――夜の峠を疾走する涼介のFCの写真が飾られていた。
夜の闇と対照的な、FCの白。ヘッドライトの光とボディが軌跡を描いていた。
「すごい……コレ松本さんが撮ったんですか?」
写真のことは良く分からない拓海だったが、その写真には圧倒された。
「ああ、そうだよ」
拓海がパネルを見上げ、すげえ、とため息をつく。
「このくらい、写真を齧っていれば誰でも撮れるよ」
「そうなんですか? ……でもすごいですよ。松本さんって、車以外にも趣味があるんですねぇ」
「何だよそれ、オレは車しか好きになっちゃいけないのか?」
「いえ、そういうんじゃなくって、その、」
何ていうのかな、と拓海は頭を掻いた。松本は拓海の言いたいことが分かっていたし、これまでも車関連で知り合った人間には散々言われてきたことだから、今更のことだった。
「わかってる、藤原のことを責めてるわけじゃないよ」
茶色い頭にぽん、と大きな手を載せてやると、拓海がすみません、と俯いた。
「写真、他にもあるけど……見てみるか?」
「あ、はい」
クローゼットの中から、松本の作品が次々と出され、テーブルに並べられた。
「元々は自分の手がけた車の写真を……純粋にパーツとか、作業の前後を撮ってただけなんだよ。そしたら車が走ってるとこも撮りたくなって。その時にいた工場のお客さんにカメラが好きな人がいてね、使わなくなったカメラを譲ってくれて……撮り始めたらこれが結構楽しくてさ、花に城に季節にお祭りにって、どんどん被写体が広がっていったんだよ」
松本は写真を撮り始めた簡単な経緯を話してくれた。
「へぇ……」
拓海の目の前には、松本がこれまで撮った写真が広げられていた。
どれもA4サイズほどに引き伸ばされたもので、紅葉した赤城山の美しい景色や秋名湖の夕暮れといった、県の観光用のポスターにありそうなものが何枚か。
そして、先ほどのパネルの写真の小さいバージョン、疾走する涼介のFC。
「あ……これ……啓介さんだ」
その次に現れたのは、真夏の写真。
ポスターカラーのような青い空の下、よく着ているスポーツブランドのTシャツとハーフカーゴ姿で、愛車のFDにホースで水をかけている啓介だった。
ホースからはむすうの水飛沫が四方八方に弧を描き、FDを濡らす一瞬を捉えていた。ホースを手に、口をあけて笑う啓介の屈託のない顔に、拓海は思わずくすっと笑った。
車も啓介も知らない人間がこれを見れば、きっとくすっと笑ってしまうだろう。そんな写真だ。
その次は史浩だ。モノクロの写真で、曇った日なのだろうか、展望台の木の下で、愛車のロードスターに寄りかかって缶コーヒーを飲んでいる。いつもの人の良さそうな、涼介に振り回されて苦笑いを浮かべている姿とは違う、物思いに耽っている大人の男の顔だ。
「すごい……」
写真は他にも沢山あった。レッドサンズのメンバーを撮影したもの、花や城を撮ったもの、祭りの神輿や山車を撮ったもの。モノクロだったりカラーだったり、セピアだったり。
どれもこれも、どこかの写真展か雰囲気の良いカフェに飾ってあればいいと思うような、そんな写真だった。
「松本さん、写真の才能もあるんじゃないですか?」
「褒めすぎだよ、藤原。下手の横好きだよ……」
松本は照れたように笑った。
照明を全て消してカーテンを開けると、満月のあかりが丁度差し込んできてフローリングを照らした。
この日この時間に拓海を呼んだのは、その為なのだ。
「……恥ずかしい、かも……」
自分の後ろでデジタル一眼レフを構える松本に、拓海は上ずった声で聞き入れられないだろう訴えをしてみた。
「大丈夫だよ」
やはり今更後には引けず、やめようか、という返事はなかった。
拓海は思い切ってワイシャツに手をかけ、ボタンを外し、ゆっくりと肩からそれを滑らせて背中をあらわにしていった。
ピピ、と小さな電子音の後、フラッシュとともにカシャカシャとシャッター音が続く。
照明は差し込む月明かり。被写体は拓海。
音は連続し、拓海がシャツを脱ぎ終え、床にそれが落ちるまで続いた。
「腕、上げてごらん」
言われるがままに両腕を上げる。
拓海の腕の、背中の筋肉が動く。まだ若い、しかし運送業でそれなりに鍛えている、綺麗な背中。
その筋肉が動く瞬間を、また松本のカメラが捕らえる。
「藤原は、自分が思うより……ずっと、いいんだよ」
松本はファインダーを覗き込みながら、言った。
それはお世辞でもなんでもない、松本の本音だった。
「そうなんですか、……」
拓海は俯いた。
「今度は、下も……ジーンズだけで良いから、脱いでみて」
松本が一歩、拓海に近づいた。
それに気付いた拓海は、予感に心臓を跳ねさせる。
「はい、」
ベルトを外し、ジッパーを下ろす。
ゆっくりと両手でデニムを下げていく。
「松本さん」
「ん?」
「あの……こんな、写真って、」
拓海の質問に被さって、また、電子音。そして連続するシャッター音。
「……藤原だけだよ。だから、初めて撮るんだ。こんな写真」
また、松本が一歩、近づいた。
細い腰から続く、ボクサーブリーフに覆われた拓海の尻。その形のよさに、思わず松本は息を呑む。
太腿の張りと、膝の裏の白さと、ふくらはぎの力強さと。
ファインダー越しに辿るそれは、松本が想像していたよりもずっと、魅惑的なものだった。
デニムが床に落ち、拓海が足を上げて抜く。
その瞬間、真後ろからよく知った手が、両側から廻ってきた。
「あ、」
手は無遠慮に、半分膨らんだボクサーブリーフの股間部分に触れた。
「松本さん……」
気配はもう、拓海の背中にピッタリと張り付いていた。
振り返ると、思い詰めたような松本の顔があった。
カメラは床に置かれていた。
数日前、松本に“藤原の裸の写真を撮りたい”と誘われた時に、覚悟はしていた筈なのに。――怖かった。
後ろから抱きすくめられ、拓海は思わず抵抗のつもりで身を捩った。
しかし力強い腕は頑として放しては呉れない。
「あ、ぅっ、」
不埒な手が拓海の股間を布越しに弄る。首筋に口付けられ、松本の匂いが拓海を包んだ。その瞬間、背中を何か電気のようなものが走った。
「や、だ……」
聞き入れられぬ願いを声にしかけたが、顔を後ろに向かされ、口付けでふさがれる。
「ん、……ッ」
入り込んでくる煙草の味のする唾液。松本の舌に絡めとられる。大人の口付けに拓海はあっという間に翻弄され、立っていられなくなった。二人で冷たい床に崩れ落ちた。
ボクサーブリーフをあっさりと脱がされた拓海は、嫌と言いながらも興奮している自身を、月明かりに晒された。
「あ、」
慌てて手で隠そうとするも、それは虚しい抵抗で、両手は松本の手によって頭の上で一まとめにされ、床に押し付けられた。
「松本さ……」
「藤原、ッ」
松本は性急だった。
拓海の片足を自分の肩に抱え上げた。
「いや・ぁ、ッ……!」背中でいざって逃れようとする拓海の入り口に、ひんやりとした感触。そして、熱が押し当てられた。
「あ――……」
ズ、ズ、と品のない粘液質な音とともに、痛みと熱を纏った質量が入り込んできた。
「う、くぅっ……ひぁぁっ……!」拓海は痛みに嬌声を上げ、苦痛に顔をゆがめてのけぞった。
「そんな顔、しないでくれ、藤原……」
そう言った松本は、いままで見たこともないような顔をしていた。
そんな顔、と言われて、どんな、と冷静になれないほどの痛みと質量だった。
「藤原っ……」
松本を根元まで埋め込まれ、揺さぶられる。
「あ、あ、……熱いッ……!」
痛みと熱さに、拓海は喉を開いた。
額を汗が流れていく。脂汗だ。
松本は、ここか、こっちか、と探るように腰を動かしていた。何かを探すように。
どれほどの間、そうしていたのだろう。
「ッ……く、ぅ……ん……」
やがて松本自身がある一点を捉えた。拓海の反応が、明らかに変わったのだ。
すると、ゆっくりと、痛みを剥がすように、じわじわとした甘い痺れが拓海を覆ってきた。
それに気付いた時、拓海の腰は知らずに揺らめいていた。
「ああ、その、顔だ……」松本が笑みを作った。
「その顔が、撮りたかったんだ」
松本は拓海の腕を拘束していた手を放し、カメラを手にした。
片手で構え、ファインダーを覗き込む。
「ま、つも……」
そして、耳に馴染んでしまった、電子音と連続するシャッター音。眩しいフラッシュ。
「あ……」
撮られている。
こんな自分の、こんな顔を。
拓海の、一度は萎えかけていた自身が再び固くなり、頭を擡げてきた。自由になった手で、拓海は自然とそれを扱き始めた。
松本は腰を動かしながら、撮影を続けた。
月明かりに照らされ、自分を受け入れて感じて腰を揺らめかせる、淫らな拓海の姿を。
峠で、自分が整備をしたハチロクを駆る拓海の姿ではなく。
自分が与える快楽に溺れながら自分の雄を扱く拓海の姿を、選んだ。
「いやだ、いや、いやだ……出る……出ちゃう松本さん、オレ、出ちゃう……、ッ!」
「出して良いぞ、藤原っ」
「あ、あ、あ………―――ッ!」
拓海の雄が、弾けた。どくん、と脈打ち、拓海自身の腹に、顔にまで白濁を飛ばした。
「あ――ぁ……」
拓海の顔が自分自身の白濁に塗れた瞬間。
ひときわ大きなシャッター音がした……気がした。
昼下がりのファミレスで、涼介と啓介と松本は、次の遠征の打ち合わせを行っていた。
一通りの打ち合わせが終わると、涼介が「松本、そういえばあれ」と促し、松本は頷いて持ってきた大判の封筒から、何枚かの写真を取り出した。
松本の新作の写真を見せて貰う約束をしていたのだ。
涼介と啓介の前に差し出されたのは、これまでの写真とは趣向が違った。エロティックな、というのだろうか。
暗闇に浮かび上がる、若い男の背中で、彼がワイシャツを脱いでいく後姿の、連続した写真だった。
首から上が写っていないので誰かは分からないが、割と筋肉質な身体で、鑑賞に堪えうるものだ。
光源の作る陰影が彼の筋肉をより際立たせていた。
「へぇ、今度は趣向が違うな……芸術作品だな、これは」
涼介が感嘆の声を上げる。涼介の隣で写真を見ていた啓介は、「なんかエロい」と呟いて涼介に小突かれた。
「それ、友人にモデルになってもらったんですよ。女性のヌードってなかなか撮れないんで、とりあえず男で練習ですよ。まあ、背中だけですけどね」
松本が笑った。
「だから言ったろ兄貴、エロいって」啓介が口を尖らせる。
涼介は啓介を無視し、「良い作品じゃないか、松本。そろそろ個展でも開いたらどうだ」と言った。
「そうだよ、そうしなよ。オレ、この間もらった写真もすっげー気に入ってるし……」
啓介も涼介に同調した。
「いえ、まだまだですよ」
松本は遠慮がちに俯き、コーヒーを啜った。
あの日撮った拓海の淫らな写真は、FCの写真と同じくパネルにされ、拓海以外の誰にも見せる事無く、松本の部屋のクローゼットに眠っていた。
そして、その数はどんどん、増えていく。
昨夜も、また増えたのだ。
後ろから結合した部分を松本の手で広げられて接写され、泣き叫びながら絶頂した拓海の、とっておきのショットが。
(終)
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