A masochist like a child



涼介はうっすらと目を開け、腕枕をしてくれている文太の横顔を間近で見た。文太が仰向けに寝たまま咥え、火をつけていない白い煙草が天を向いていた。
汗と煙草と饐えた匂いと、ついでに豆腐の匂いの充満する、四畳半の文太の寝室。
男二人で昼間から裸のまま、汚れた布団に寄り添って惰眠を貪る。
涼介の頭は先ほどの情事と短い睡眠の名残をとどめていて、まだぼんやりとしている。
「……起きたんならもう帰れよ」
細い目でちらりと左腕に頭を乗せる涼介を見て、文太が呟いた。
「今日はもう出そうったって出ねーぞ。オヤジは一日一発が限界だ」
「……はい、」
涼介は頷いた。
「でももう少し、……いいですか?」
そして尋ねると、文太の腕に頬を摺り寄せ、幸福な記憶を反芻する。



ついさっき、この薄い布団の上で、涼介は文太に抱かれた。
『今日はどうされてぇんだ』文太に訊かれ、涼介は『めちゃくちゃにしてください』と、女のような事を言った。
文太は頷いて、涼介に意地の悪い質問を投げかけ、普段は自信たっぷりに公道最速理論を語る口に、卑猥な単語を言わせた。
それだけではなく、いつもしているようにやって見せろと涼介に自慰をさせた。涼介は脚を開き、右手で自身を握り、左手を後孔に入れて喘いだ。
三本も入れやがってこの変態、と文太に嘲笑され、目を潤ませ唇を噛んだ。


散々焦らして、自分で広げさせて……文太は若い身体が自分に翻弄され甘く溶けていく様を、顔色一つ変えずに眺めていた。その癖、後ろから挿入されて喘ぐ涼介自身には触れてやらず、涼介が自分で扱こうとすると、その手を跳ね除けた。
『おとうさ、……出、る、ッ、あぁっ、イくっ、イく、い……』
泣きそうな声をあげて、腰を揺らめかせ、触れることを許されぬじれったさに耐え兼ねて涼介が絶頂に達し、白濁を布団に撒き散らした。
ごめんなさい、布団を汚してごめんなさいと繰り返す涼介の髪を掴んで、シーツに染みていくものを無理に舐めさせた。そんなことで綺麗になるわけは無いのに。必死に這い蹲り、己の青臭い精液で汚れた文太の布団を舌で綺麗にしようとする涼介の後孔を文太が指で責めると、若い雄はまた吐精し、布団が更に汚れた。
汚れついでだ、と文太は自分で扱きながら涼介の顔に吐精し、綺麗な涼介の顔は文太の精に塗れた。
涼介の孔に締め付けられて達することを選ばなかったのは、彼に対する一種の苛めで――涼介はそうされて、また吐精した。



「お前、……マゾか?」
文太がふと尋ねた。
「わかりません……でも、多分……お父さん相手だと、そうなるのかもしれません」
目を閉じたまま、涼介は曖昧な返事をした。
文太の前でいるときの自分は、普段の自分とは違うと、涼介は感じていた。
尊大で少々毒舌でいつも自信たっぷりで計画的で……高橋涼介はそんな人間だと、他人からの評価も双だったし、涼介自身、そう思っていた。
文太に会うまでは。
けれど、今は違う。
文太の前でだけ、違う。衝動を抑えるのが難しく、思ったままに行動してしまい、まるで子供みたいになる。
今日だってそうだ。ゼミの飲み会を適当な理由をつけて断って、ここにいるのだ。高橋は最近付き合いが悪くなったと言われるのが目に見えているのに。
その上マゾヒズムだ。文太に叱られるのも従うのも、心地良い。あんなに辱められて、なのに快楽を感じてしまう。
きっと、これが本当の自分なのだ。
さっきみたいに意地悪く文太に抱かれたのも今日が初めてではない。後ろ手に縛られることを強請ったこともあれば、目隠しをされたがったこともある。どちらの時も、涼介はいつもより性的に興奮した。
「あんだけ撒き散らしといて、多分も何もねぇだろうが」
文太は小さく笑った。文太の腰の辺りのシーツがごわごわしていた。涼介が吐き出した精が乾いたのだ。
「お父さん」
「何だよ」
「明日はもっと、いじめてください……」
「…………」
「なんなら、峠に素っ裸のままで捨ててきてもいいです……お父さんになら、何されたって平気ですから……」
無邪気なマゾヒストは、そう言って文太の裸の胸に手を置いた。
「お望みの通りにしてやろうか?」
文太はその手を取り、さっきの言葉に反してまた勃ってきた文太自身に触れさせた。



「お父さんだって、本当はサディストですよ」
涼介は文太自身を丁寧に舐めあげながら、上目遣いで小さく微笑んだ。
(終)





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