高橋啓介を落とす100の方法。
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藤原って人間が、イマイチどころかイマニどころか、全ッ然……わかんねえ。
兎に角最初から変なヤツだった。
ボーっとしてる癖に運転させりゃめちゃくちゃ速いし、そのくせ自分を走り屋じゃないとか言ってたし。
無気力系っていうのか、あれ。
熱血系のオレとは真逆のタイプだ。
プロDでオレとダブルエースになってからは話す機会も増えたけれど、やっぱり……わかんねえ。
それでも最近、ちょっとだけわかるようになったことがある。
結構……可愛い。
同性に言うには変な形容詞だけど。
なんつーか、こー。
……可愛いんだよ、たまに。
仕草とか仕草とか仕草とか……笑った顔とか。
オレといる時限定で、仕草が可愛い。そんでもって、ちょっと笑う。
それに気付いちまった。
それって、どうよ。
「……お前さ、」
「はい」
プラクティスの休憩時間、駐車場の隅で縁石に腰掛けていた藤原に声をかけた。
藤原は寄ってきたオレを見上げた。
「寒くね?」
オレが見下ろす藤原は、頬をほんのり赤く染めて、吐く息は確実に白かった。
寒そうに肩を竦め身を縮ませている。
春とはいえまだ肌寒い夜。
オレなんかまだ毛布被ってエアコン加湿器全開で寝てるし今日もダウン着てるっつーのに、なんでお前は薄い長T一枚なんだよ、藤原。
聞けば上着を持ってきてないとか。
昨夜雪ちらついてただろーが。
高橋クリニックがインフルエンザの患者で只今大繁盛なの知ってんのか。
「来る時は暖かかったんですよ……」
この時間になると寒いですね、って言いながら両手を擦り合わせてる。
「お前馬鹿だろ」
思わずため息が出た。そりゃ一日力仕事した後なら身体も温かいだろうが。
もうそんなのとっくに冷えちまってるだろうに。
赤城山の標高知らねーのかよ。市街地とどんだけ温度差があるとおもってんだ。
「……着てろよ」
「え、」
仕方なく、オレは自分の着てた薄いダウンを脱いで差し出してやった。
「これやる。だから、ずっと車に積んどけ」
「……いいんですか? こんな高そうなもの」
「いいよ、別に。同じようなヤツ何枚もあるし」
どうせ3万もしないやつだし。
FDの後部座席(超狭いんだけど)には、コレの色違いがあと二枚入ってるし。
「色違い四枚買ったから、別に一つぐらいいいぜ。あ、それリバーシブルになるからな」
「ほんとだ」
藤原はオレから受け取ったダウンを珍しそうにひっくり返したりして、
「こっちがいいかな」
なんて言ってる。
袖を通すと、藤原にはちょっとでかい。
オレでジャストだからでかくない筈はない。
「……啓介さんの匂いがしますね」
おい。
そこでなんで微笑むんだ。
お前滅多に笑わないくせに。
オレのやったオレの服を着て(しかもちょっとでかい)、なんで袖を口元に当てて、微笑むんだよ。
しかもオレの匂いとか言うな。
「た……タバコ臭ぇだろ?」
「タバコっていうか……コロンですか、啓介さん何かつけてるんですよね。それの匂いとタバコの匂いですね」
「あ、そ」
おい。
スンスン鼻鳴らして、オレのやった服の匂いをかぐな。袖を口元に当てるんじゃねえ。
反則だろ。お前。
あー、やばい。
最近のオレは絶対変だ。
なんでこんなにコイツが可愛いって思えちまうんだよ。
「ありがとうございます、啓介さん」
だからやめろって。
上目遣いで微笑むな。
オレの服着て、ぶかい袖を見せ付けんな。えへ、じゃねえだろ。
「や、別に……どうせ飽きたし、」
「あの、オレ……この服のお礼がしたいんですけど」
「礼? ……んなもん別に……」
「でも、何か悪いですから」
「な、なんだよ、礼って」
思わず頭に浮かんだのは。
……いや。
それはないだろう。
だってコイツ、男だぞ。幾ら可愛いっつったって、男だぞ。
「たいしたことはできませんけど、これ終わったら、食事くらい奢らせてください」
――ホッ。
良かった。
「いつもの上がり時間だと、開いてるのはファミレスくらいですけど」
「あ、ああ。別に何処でもいいぜ。腹減るんだよなぁ、プラクティス終わると……」
「ですよね。オレ、丁度昨日給料日だったんです」
「へぇ、そっかお前社会人だもんなーいいなー給料」
「でもまだ新入社員だから、少ないですよ」
そうだよコイツは社会人なんだよ。
可愛く見えても社会人のれっきとした男、なんだよ。
なにトキめいてんだ、オレ。
「じゃあ、すっぽかしなしでお願いしますね、啓介さん」
だからッッ!
なんで指きりげんまん!
ぶかぶかの袖口から、小指を出してくるんじゃねえ。しかも爪の形がやたら綺麗で。
「わーってるって……」
――オレも藤原の小指に自分の小指絡めてんじゃねえよ。
「ゆーびきーりげんまん……」
「うーそついたら……」
ハモってんじゃねーよ。オレら。
「指切った!」
だーかーらー!
微笑むな! オレに! 藤原!
お前ってヤツは!!
藤原、とアニキが遠くから呼ぶ。
「あ、はい」
立ち上がって、藤原はオレの脇を通り抜けていく。
「じゃ、啓介さんまた後で」
だーーかーーらーー!!
ぶかぶかの袖から手をちょこっと出して、オレに手を振るな!! 微笑むな!!
彼女か! お前はッッ!
……もしも藤原が彼女だったら……いや男だから彼氏……って、考えるんじゃねえ! オレ!!
「……行ってら」
振り返すなよ、オレ。
あ。
これ、ちょっとヤバイ。
なんかキテる。
心臓鷲掴みにされてる……藤原に。
だって、ドキドキしてんだぜ、オレ。
今心拍数多分マジやばい。
藤原が立ち止まって、ちょっと振り返った。
口元が四回、動いた。
せ
い
こ
う
って。
形を作った。
おい。
藤原。
お前ってヤツは。
オレ……もしかしなくても……嵌められた?
(終)
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