年賀状
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暮れも押し迫り、商店街は年末の装いになる。
クリスマスと正月の商戦が並行しているのが近年の傾向で、サンタクロースの隣に鏡餅が並べてあり、早めの門松を立てた焼き鳥屋がチキンを売っているのがなんとも滑稽だ。
どちらともいい感じに無縁なのが豆腐屋で、他所の店とは違っていつもと変わらぬ営業をしていた。
「年賀状ですか?」
「ああ」
店に入るなり目に付いたのが茶の間のちゃぶ台に積み上げられている長方形の山。マフラーを外しながら涼介が訊いた。
文太はショーケースを開け、売れ残った商品をまとめていた。
「へぇ」
居間に上がってそれを手に取ってみれば、裏面には干支と今年もよろしくお願いいたしますの定型文、そして藤原豆腐店の住所と店名。
近所の印刷屋に毎年頼んでいるのだという。
文太の癖のある字で既に何枚かの宛先が書かれていた。
「宛先は手書きなんですね」
「そういう主義なんでな」
「パソコンですれば宛先もあっという間ですよ、専用のソフトがあって……」
「馬鹿だな、それじゃ味気も素っ気もねえだろ」
「そりゃそうかもしれませんが、こういうのは形式でしょう」
「幾ら形式でも、一線ってモンはあるだろうがよ」
涼介がパソコンを勧めたが、文太は一線とやらを譲る気はないらしい。
いかにも文太らしく、涼介は肩を竦めてそれ以上を言うのをやめた。
(お父さんらしいな)
そういう頑固なところが、涼介は好きなのだ。
しかしこの年賀状の山は結構な量だ。
寂れた豆腐屋とはいえ、涼介の予想以上の量だ。
高橋クリニックにくらべれば大したことのない枚数かもしれないが。
こんな小さな町の豆腐屋だが、得意先は意外と多い。温泉街の商店街にはたくさんの店が文字通り軒を連ねているから付き合いは多いし、今年は商工会の役員もしているという。それだけではない。温泉に来た観光客が、手作り豆腐という言葉に惹かれて買って行ったり、レイクサイドホテルの朝食に供されたのを気に入った人がわざわざ問い合わせて来て、地方に送ることもある。そういった様々な関係で、年賀状の枚数は膨れ上がるのだ。
「これ、全部お父さんが書いてるんですか?」
「ああ」
「藤原は手伝わないんですか?」
「拓海にゃとっくに逃げられた……小遣いで釣れたのも中学までだな」
「はは……藤原らしいですね」
昔はひと束幾らで拓海に手伝わせていたが、ガソリンスタンドのバイトを覚えてからは、時給換算で激安でこき使われていたのがバレて宛名書きを手伝ってくれなくなったのだと、文太は言った。
「お父さん、なんならオレが手伝いましょうか?」
「断る」
涼介の申し出をコンマ2秒で文太が断った。カン、と文太が持っていたトングがショーケースのガラスを叩いた。
「どうしてですか? オレが字上手いの知ってるでしょう?」
「お前に手伝って貰うと、後が怖いからな。一枚に付き、何かしてくれとか言い出しかねないからな」
「…………バレましたか」
涼介が文太を横目で見た。
「お前は底が浅いんだよ」
文太はへっ、と笑った。
(終)
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