暮れの元気なご挨拶
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【FROM:啓介 アニキあてにお歳暮が届いてる】
という啓介のメールに、涼介は本屋の棚の前で携帯を開いたまま、はてと首を傾げた。
お歳暮をやりとりするような仲の友人はいない。決して、涼介の性格の所為で友人が少ないというわけではなく。
一足先に社会人になった同級生も多いが、心当たりはない。
ましてや走り屋連中でお歳暮を贈ってくるような人間は……と考え、走り屋とお歳暮という、チョコレートとスパゲティ位方向性の違うものはないと思い至り、その線も消えた。
【TO:啓介 誰からだ】
普通は誰それからお歳暮と書くものだろうに、と内心弟の気の利かなさを難じながら返信すると、
【FROM:啓介 藤原のおやじさんから】
という返信。
「きっと藤原がお世話になってますって意味だろうな」というその続きを見るまでもなく、涼介は啓介から頼まれていた新刊のコミックスも買わずに本屋を飛び出し、文字通りFCに飛び乗った。
帰宅すると啓介から件のお歳暮の箱を奪い取り、自室に篭った。
啓介が「アニキ!! ワンピースの最新刊は!?」と叫んでいたが知ったこっちゃない。コンビニで買えばいいだろうと捨て置いた。
文太から届いたのは、小さな軽い箱だった。
「お父さんから……何だろうな?」
涼介は期待を胸に箱の包装を解いた。
中から出てきたのは、そっけないもみじ饅頭の箱。お歳暮、と文太の字で筆ペンで書いた赤熨斗がついていた。
「もみじ饅頭……」
はて。
文太が広島に行ったという話は聞いていない。商工会の慰安旅行は夏に、長野に行ったはずだ。
しかも記憶にあるもみじ饅頭の箱より随分軽い。
振ってみると、音がしない。
「……空?」
空の箱を寄越して、まさかの禅問答か……と思いつつ、涼介は思い切ってその箱を開けてみた。
「――あ」
中身は鍵だった。鍵が、箱の底にテープで留められていた。その鍵は、鍵屋で作られたスペアキーだ。
何の鍵か、涼介にはわかった。
「インプの……鍵、だ」
蓋の内側には、文太の字でメッセージがあった。
涼介へ
飲んだときは送迎よろしく頼む
たったそれだけだったが、涼介は笑いがこみ上げてきた。同時に、溢れ出そうなほどの喜びも。
「ふふっ、お父さんらしいな!」
大事にしている車の鍵を、文太が自分に預けてくれた。涼介がステアを握ったのはほんの一、二度の、文太の愛車。その意味は、車を愛するものだけが分かる。
「これはアレだな。部屋の合鍵みたいなもんだな……」
涼介はその鍵を手に取り、そっと口付けた。酒とタバコの匂いがかすかにした。
部屋の外で、アニキぃ、ワンピースの新刊、と情けない声がした。
(終)
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