Santa Claus who rides on Impreza (後編)



インプは国道沿いの、全国チェーンの回転寿司屋に入った。
白衣姿の背の高い二枚目の涼介と、どこからどう見たって普通のオヤジの文太の組み合わせはいろんな意味で人目を引いた。
クリスマスイブの回転寿司屋の駐車場は車で一杯だったが、店内は思ったより空いていた。
どうやら混んでいたのは持ち帰りコーナーの所為だったようで、入ってくる客はそちらにばかり流れていき、出てくる客は大きな包みを手にしている。
カウンターの隅に席を取ると、涼介が当たり前のように文太の茶と醤油の小皿を用意し、店員に自分の分の赤だしと、文太のあら汁を注文した。
涼介の用意とオーダを当たり前のように待っている自分に気づき、文太は涼介に聞こえないほど小さく舌打ちした。
流れてくる寿司はどれも空腹の目には旨そうに見える。ケーキにサンタの飾りが付いているのは、今日がクリスマスだからだろう。
「年が明けたらお前、いよいよ試験だな」
熱いお絞りで手を拭きながら言った文太に、涼介は少し残念そうに頷いた。
「はい、……国試は2月で……年が明けたらもうずっと大学で……お父さんのところにも殆ど行けなくなると思います」
「そうか」
医師国家試験まで、後どれ程もない。
六年間の集大成がすぐそこに迫っていた。学内も試験が近づくと目に見えて空気が緊張していて、涼介は息苦しいんですと苦笑いした。
優しい教授が険しい顔になり、どこかから聞こえてきた先輩達の失敗談ばかりが記憶に残るのだという。
涼介の口から、殆ど行けなくなるという言葉が発せられ、文太の心にふと、寂しいものが去来した。
今まで何が何でも時間を作って文太のところを訪れていた涼介も、流石にどうしようもない時期というものがあるようだ。
「……暫くは平穏だな」
文太は皮肉を口にした。
「お父さん、ちゃんと集金はして下さいね。あと消耗品の在庫もちゃんとチェックして下さい」
「わかってら、そんなこたぁ」
店員が赤だしとあら汁を運んできた。
口うるさい押しかけ息子がいなくなると、きっとあの豆腐屋は前の様に静かになるだろう。
「オレが国試に受かったら、お祝いして下さいますか?」
大きな椀を手に、涼介が訊ねた。
「馬鹿野郎、んなカネあるか。ハチロクのエンジンとインプで素寒貧だぞ」
「……別に湯豆腐でもいいですよ」
涼介は微笑んだ。文太は「だったら幾らでも食わせてやる」と笑った。
最初に取った鰺をほおばり、涼介は「やっと魚が食べられた」と嬉しそうに机を叩いた。文太は細い目を更に細めた。
涼介が学生のうちにこんな風に一緒に食事できるのも、もうそんなに回数はないだろう。医師になれば、忙しさも生活も今までとは全く違ったものになる筈だ。
「そうだ、オレお父さんにクリスマスプレゼントを買ってたんです。家に置いてあるんで、年内に持っていきます」
「……お前は女か」
文太はコハダを口に入れる寸前、呆れた。
「クリスマスに一緒に過ごしたいだのプレゼントだの……」
「おかしいですか?」
何処がおかしいのかわからない、と涼介は首を傾げる。
これが演技でも冗談でもなく本気なのだから、たちが悪い。
「お前な、オレの息子になりたいんだろ?」
「はい」
「拓海はオレにプレゼントなんか寄越さねえし、クリスマスに一緒に過ごしたいなんてこと言わねえぞ?」
「……藤原は藤原です。オレはオレです。オレは、お父さんにプレゼントをあげたいし、一緒に過ごしたい息子なんです」
自信満々に微笑むその美貌に、文太は返す言葉を見つけられなかった。
「で。お前のプレゼントってのは何なんだ」
訊ねたのはあくまでも、貰ったものにはお返しが必要だと思ったからで。
とは言え、恵まれた家庭の涼介に欲しいものなどあるのだろうか、と文太には見当が付かなかった。
大体、涼介の家は大学の入学祝がFCとその改造一式というような家庭だ。今も左腕にしている、祖父からやはり入学祝に貰ったという腕時計は随分な高級品で、世間のサラリーマンの月収の何ヶ月か分になるだろう。
「はい、血圧計です」
「……実用的だな」
プレゼントというから、どんな物かと思ったら。文太はフッと笑った。
「血圧計なら、商工会の忘年会で貰った奴があるぞ?」
商工会の忘年会のビンゴで二位の景品として貰った、薬局提供の品が茶の間に置いてあったのを、涼介も見たはずだ。
ちなみに藤原豆腐店の提供した豆腐十丁のタダ券は五位の景品だった。
「あれは計ると少し低めに出るんです」
「試したのか」
「ええ」
「オレが買った奴は、群大病院のお墨付きでそんなことありませんから」
「……そうか」
「お父さん、血圧高めですから」
毎朝計ってくださいね、と涼介に言われ、文太は仕方なくああ、と頷いた。



寿司皿が二人の間に積みあがっていく。
文太はビールを注文したかったが、車で来たことを思い出し諦めざるを得なかった。近頃は飲酒運転にはとても厳しいから仕方が無い。
「お父さんに会えて、今年はオレにとって最高の年でした」
熱い茶を啜り、涼介がポツリと呟いた。
「プロDも完勝で終われました」
「そういやそうだったな。全部、勝っちまったか」
「はい」
「オレは一回くらい負けるかと思ったんだがな」
プロDは当初の目標どおり完勝し、高橋涼介は、藤原拓海は、高橋啓介はすでに峠の伝説となりつつある。
赤城レッドサンズは信頼を置ける人間にリーダーの座を明け渡し、涼介は走りの世界からは完全に引退していた。
拓海と啓介にはプロ入りの話が舞い込んでいた。
啓介は大学の卒業を待って春から、拓海は運送屋の人員不足もありすぐに退職は敵わず、もう少しアマチュアで実力を磨き、早ければ秋にはプロ入りという一応の予定が立っていた。どちらも涼介が代理人的な形で話が進んでいた。
「オレは……大殺界か天中殺だな」
文太がこの一年を思い出し、苦笑した。
「ひどいです、お父さん」
涼介がむくれた。
「誰のせいだ」
「……オレですか?」
「他に誰がいるっていうんだ」
春先に拓海が涼介を連れて来たのがそもそもの発端だ。
文太はまさか血の繋がりも何も無い男にお父さんだなんて呼ばれるとも、この年で男を抱くとも思ってもいなかった。そしてその男に少しでも情が移るとも――。
「まぁ、こんな年もあるんだってこったな」
空になったあら汁の椀を見、オレも赤だし飲むかな、と文太が言った。
涼介は頷いて店員を呼びとめ、文太はまた「しまった」と舌打ちした。



男二人がたらふく食べても大した金額にならないのが、回転寿司の懐に優しいところだ。酒が入らなかったから余計だ。
再びインプレッサに乗って時計を見ると、まだ休憩時間は一時間以上あった。
「時間はまだあるな」
「ええ、大丈夫です」
「ドライブでもするか?」
「はい」
涼介は嬉しそうに頷いた。
国道は相変わらず混んでいたが、空いている道を選んでそちらに車を走らせた。
そんな気になったのは、年が明けたら来られないだなんてことを涼介が言いだしたから。
情が移っていると、少なからず自覚したから。
血圧計のひとまずの礼のつもりだから。
インプのダッシュボードに、この間拓海にインプを貸した後で見つけたもの――恐らく拓海が彼女と使うために買ったのだろう――が放り込んであるのを見つけたから――と、文太は自分自身に言い聞かせた。



こんな日の公園の駐車場は、てっきり同じような目的のカップルだらけかと思ったが、どうやら世間の男と女はもっと良い、温かな場所に行っているらしく、車は一台もとまっていなかった。
照らす対象のいない水銀灯がぽつねんと寂しそうに立っていた。
「着いたぞ」
駐車場は貸切状態なのに文太はわざわざインプを隅に停めると、エンジンを切りベルトを外した。
「お父さん、」
車内に漂う予感と雰囲気に、涼介の声が僅かに震えていた。涼介もベルトを外した。手を伸ばし、涼介の頬に手を当ててやった。
「……」
涼介は目を閉じた。
身を寄せると涼介も寄せてきた。唇を重ねる。涼介が先に舌を入れてきた。文太はそれに応じながら、糊の利いた白衣を肩から抜いてやった。汚して大学に帰って何か言われるのもかわいそうだと思ったからだ。
涼介の細い指が、文太の肩をぎゅ、っと掴んだ。
絡み合う舌はねっとりと、もう性の動きになっていて、僅かに開いた文太の目に入った涼介は蕩けていた。
いつになく長い口付けだった。
(お父さんが、してくれてる……)
自分の望んだクリスマスが、与えられた。
涼介はいつになく興奮していた。
外でするのは初めてではなかったが、クリスマスの日という事実は最適のスパイスだった。
会いたかった、食事をしたかった、触れたかった。すべて叶えられた――それは文太からの何よりのクリスマスのプレゼントだ、と思った。
涼介が甘えようとしたり触れようとしても邪険にされることのほうが多いのに、ここぞという時に外さないのが文太だ。それは涼介が理想としていたお父さんのそのままの形だ。
涼介のデニムの中が痛いほどに硬直している。文太の手がそれに触れた柔く強く、布越しに撫でられる。
「んっ…うぁ、あっ」
涼介があえかに喘ぎ、腰をもぞもぞさせた。
「自分で出せ」耳元で囁かれ、涼介は頷いた。
シャツのボタンをすべて外し、ベルトを緩め、デニムの前を開けた。下着から硬くなった己をそろそろと出すと、車窓から差し込む街灯の頼りない明かりに先走りのぬめりが照らされ、いやらしく主張した。
「……昼間、に」
「何だ?」
「我慢できなくて、大学のトイレでちょっと……したんです」
涼介は自身を包みこんだまま、白状した。
文太に会えないのと、徹夜での疲れで、どうしても欲情してしまった。
実験の合間に駆け込んだトイレの個室で、文太を思いながら慰めて吐精したのだと涼介は言い、そろそろと茎を扱き始めた。
「学校を何だと思ってんだ、お前は……」
文太は仕方ないヤツだ、と呆れた様子だ。涼介の手を外し、包みこんでやり、扱いてやった。
「ぁあ……」
その緩急をつけた手の動きは的確で、涼介は目を閉じて身をゆだねた。 節くれ立った文太の手はリズミカルに動き、繁みを意地悪く引っ張り、双柔を撫で、鈴口を軽く引っかく。
唇は涼介の聴覚を侵し、首筋を辿り、薄い胸へと至る。小さいくせに偉そうに硬くなった乳首を慣れた唇が挟み、吸い、わざとチュと音を立て、舌が転がした。
そのたびに涼介の口からは切ない声が漏れ、車内に満ちる。
「ア……ッ、いいっ……」
涼介がのけぞり、長い足がダッシュボードを蹴った。
いつしか窓ガラスが曇っていた。
「……外、出るぞ」
ダッシュボードを蹴る足を退けさせながら文太が言った。
涼介は頷いた。
あられもない格好のままで外に出た涼介は、先に出た文太について公園の公衆トイレの狭い和式の個室に入った。
身体は火照り、外の寒さは気にならなかった。
わざとらしい明るさのその場所は、最近改装されたばかりでまだ清潔だった。鍵を閉めると、シャツの前を開け腹につくほど勃てたままの涼介を、文太は壁に向かって立たせた。
「随分煽られちまった……」
文太は今日何度目かの苦笑いをしながら避妊具の封を切り、完勃ちの自身に被せた。
一つくらいなくなっても拓海は文句は言わないだろう……もし文句を言ってきたら、オレの車に何載せてんだ、と逆に言い返せばいい。
「緩めとけよ」
尻を突き出させ、後ろからかぶさり、涼介の狭道に一気に侵入する。
「ッ、ア・っ……」
ぐ、っとねじ込まれる熱に、涼介は目を見開いた。
「ちょっと、キついか……」
もっと手間隙をかけて解してやらなければいけないが、時間が余り無い。コンドームに塗られた僅かな潤滑液だけで押し入った涼介の中は狭かった。
「お、とうさ……ぁっ、」
それでも、前に手を回して涼介自身を握ってやるとそこはやや緩み文太の侵入は許された。
「あんま、声させんなよ……響くからな」
耳元で念を押すと、涼介が頷く。壁に付いた涼介の手が、ぎゅっと握られる。
冷たいタイルの壁に涼介の胸が押し当てられ、その冷たさに乳首が反応した。
「……ぅ……ッ、……く…ぁ、」
文太が腰を打ち付けてくる。
涼介は声を必死に抑えながら、その律動によって齎される甘美な快楽に溺れた。
(お父さんっ……!)
その名を呼びたかったが、心の中で叫んでとどめた。
今夜呼べなくても、また次に、文太の布団の中で抱かれた時に思い切り呼べばいい。
足先から脳天まで突き抜ける蕩けるような感覚に、膝が震える。
「ふっ……ん、く……っ……!」
「我慢しろ、よ」
崩れそうになる涼介を、文太が支える。
涼介の中の文太は質量と硬さを増し、文太の手の中の涼介は痛いほどに張り詰めている。
どちらもはじけるのは時間の問題だ。
「……涼介、どうされたい?」
文太が、不意に涼介に訊ねた。
「最後、どうされたいんだ?」
中以外ならいいぞ、と文太は重ねて訊ねた。
「今日はクリスマスだからな……たまにゃ、出血大サービスだ」
いつもなら、抱いてやってもその後の選択肢が涼介には与えられないことが殆どだ。
「か……」
「ん?」
震える声が、許された強請りをする。
「顔……ッ!」
その二文字に、文太は頷いて自身を涼介から抜いた。
腕を掴み身体を裏返し、頭をぐっと抑えた。膝が震えていた涼介は壁に背中を預けることなくしゃがみこんだ。
パチン、とゴムがはじける音がし、望んだ熱い熱い……文太の精子が、涼介の白く整った顔に遠慮なく浴びせられた。 「あ……ぁ……ッ、」
「顔で、いいんだろ?」
文太が上から見下ろして言った。涼介は恍惚とした表情で頷き、口を開け舌を出し、浴びせられ己の顔を流れる文太の精子を受け止めた。
口端についたそれを舐め、指で顔についたものを掬ってまた舐める。
「綺麗にしとけ」
差し出された文太自身を咥え、残滓を丁寧に吸出しながら、張り詰めた自分自身を扱き、達して床に迸らせた。



休憩終了15分前に、インプレッサは大学の門の前に着いた。
「……じゃあな。勉強頑張れよ」
「はい」
ベルトを外し、整えた衣服と髪をチェックして、涼介は最後に文太の頬に軽く口付けた。
「馬鹿野郎、誰か見てたらどうすんだ」
「言ったらいいじゃないですか」
「開き直んな」
文太は嫌そうな顔をし、「とっとと行け」と手で払った。
「じゃ、おやすみなさい。お父さん。ご馳走様でした」
「ん」
「年末年始、飲みすぎないで下さいね」
「わかってらぁ」
「藤原に聞きますからね?」
「……嫌なヤツだな、お前」
「そうですか? これがオレですよ?」
涼介は車を降り、白衣のポケットに手を入れ、狡猾な笑みを浮かべた。



渋川方面に去っていくインプレッサを名残惜しそうに見送り、涼介は一人ごちた。
「オレのサンタクロースはインプレッサに乗ってるんだ――」
それは空の様に青い、とても速いインプレッサだ。
涼介の欲しいものも望むものも大好きなものもすべて、あのインプレッサに乗ったサンタクロースのところにある。
一番好きなのは、ステアを握るサンタクロース自身。
「ちょっとスケベで……優しいんだ……」
涼介は踵を返し、研究室へと向かった。友人達の質問攻めが待っているとも知らずに。



「……あ!」 角を曲がった辺りで、文太は小さく叫んだ。
見たかった時代劇の特番が今日あったのを思いだしたのだ。あのまま友人の家から帰宅していれば間に合っただろうに、もうとっくに終わっている時間だ。
「まぁ、いいか――」
涼介が喜んでくれたからよしとするか。
文太はアクセルを踏み込んだ。


(終)2011.クリスマスSS





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