5分
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5分でいいから、時間を下さい。
構ってください。
商工会の寄り合いに出かけようと身支度をし、店を閉めかけた文太の前に現れたのは涼介だった。
高崎くんだりから三十分近く掛けて文太に会いに来たのだ。
オレはもう出かけるんだ、今日は帰んな、と言った文太に、涼介は5分でいいからと縋るような眼差しで食い下がった。
5分でいいから、時間を下さい。
構ってください。
5分で何が出来ようか。
5分だけだぞ、と頭を掻いた文太に、涼介は艶めいた笑みを浮かべた。
唇を合わせてきた。
貪ってきた。
舌を絡めてきた。
文太のデニムの股間に、不埒な手を這わせてきた。
――がっついてるガキじゃねえんだ。5分ぽっちじゃ出来ねえぞ。
焦ってんな、と文太は思った。
5分で何が出来ようか。
あの。
唇が離れた。不埒な手も離れた。
大丈夫だって言って下さいませんか。
貪る唇と不埒な手の主から縋るような声がし、文太の肩口に額が乗せられた。
安心を求める重みだった。漂ってくる、整髪料の匂い。
――大丈夫だ。何にも心配はいらねえよ。
とっとと済ませたくて、文太は望む言葉を与えてやった。黒髪を、撫でてやった。
ありがとう、ございます。
涼介はぱっと文太から離れた。肩から重みが消えた。
ほっとしたような笑み。また来ます、と涼介はあっさりと、去っていった。
三十分かけて、彼はまた高崎に帰るのだろう。
3分46秒。5分にはたっぷりと時間を残して。
なにが不安だったのか。なにが大丈夫なのか。それを推し量る間もなかった。
プロレスだってカウント2.8が、ボクシングだってカウント7が一番美味しいところなのに、あいつは風情も何も無い。あとせめて一分、触れてくれば、何か推し量れたものを。
そんなことをするから、気になるんだ。
次にあったときにじっくりと話を聞いてやろう、そんな気にさせられるんだ。
(終)
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