Tobacco
|
休憩時間、涼介は渡り廊下にほど近い場所にある喫煙所で一服していた。
ターボライターで火をつけた瞬間、「あれ」と声をかけられた。
「高橋君、吸うんだ」
驚いた顔で喫煙所のドアを開けたのは、研究室の助手だった。彼の手にはシガーケースが握られていた。
「……時々、ですよ」
手にした白を掲げて見せながら、涼介はほほえんだ。
「吸わない人かと思ってたよ」
後ろ手にドアを閉めながら言った彼に、涼介の煙が絡んだ。
少し前から、涼介は時々タバコを吸うようになった。
タバコに手を出したのはこれが初めてではない。
峠でFCを駆るようになった頃、箔がつくかと思って吸ってみた。
が、部屋の壁紙が黄ばむのが気になり、半年もせずやめてしまった。
タバコの味はすぐに忘れたが、口寂しさは忘れられず、結果としてタバコの代わりに飴を口に入れるのが習慣になった。
「年の割に渋いね」
ソレ、と助手は手にしたタバコで涼介のポケットから覗く箱を差した。
「……そうですかね」
曖昧に返事したものの、確かに涼介の年にしてはオヤジ臭い銘柄だ。
「君くらいの年なら、名前とか雰囲気で選びそうなものだけど」
「……ですね。でも、これがいいんです」
ちょっときついんですけどねと、涼介ははにかんだ。
吸っている銘柄は、文太の吸っているのと同じもの。
深く吸い込んで吐き出すと、大好きなお父さんの味がし、涼介を満足させた。
昨夜の文太とのことを思い出して……瞼を伏せた。
昨日、大学が終わって文太を訪ねたのは藤原家の夕食後のことで、涼介が通用口から入ると、文太は居間で新聞を読んでいて、ちょうどタバコに火をつけるところだった。
「お父さん、」
タバコに点火した直後に後ろから抱きつくと、「重い」とうっとおしがられ、首に回した腕を解かれた。
「……構ってください」
軽く、甘えてみた。
涼介は最近、文太にはストレートにねだる方が勝率がいいことを覚えた。
「今火ィつけたんだ。これが吸い終わるまで待て」
まだ長い白を掲げると、文太は新聞に目を落とす。スポーツ欄のメジャーリーグの記事だ。
軽く歯噛みしたまま浅く吸う。すぅっと立ち上る紫煙が天井の羽目板の隙間に吸い込まれていくように見えた。
文太の後ろで膝立ちのまま、涼介は小さな子供のようにつまらないな、と心の中で呟いた。
あの白が羨ましい。
文太の口にささる白。
涼介はタバコに妬いた。
あれはいつもお父さんと一緒だ。お父さんの胸ポケットに常にあって、なくなったらお父さんが自分で求めにいく。
自分はお父さんから求められることなんて少ないのに。
あの白は朝一番、起きてすぐからお父さんの唇を何分間か独占する。
「……やっぱメジャー挑戦かァ」
新聞の見出しを見て呟く文太の口には、白が当たり前のようにある。
うらやましい。
あの白が。
涼介がタバコを吸い始めたのは、そんな気持ちもあったからだ。
「おい、……」
涼介、と文太が頭の上で叱る声がした。
待てと言われた数分間が待てなかった。
涼介はあぐらをかいた文太の足の間に這い蹲り、ジーンズの股間に手を伸ばした。
ちゃぶ台と文太の間に顔をつっこみ、手際よくベルトをゆるめ前をくつろげ、堅いジーンズ生地を押し退け下着の奥から、文太自身を取り出した。
「やめろ、」
文太の分厚い手が涼介の髪を掴むより先に、ふにゃふにゃのままの文太自身は涼介の熱い口腔粘膜にくるまれた。
「ん…っぅ」
黒く柔らかいそれを、涼介は喉奥深く吸った。
「てめぇ……上にっ」
雄の濃い匂いが涼介の鼻腔を刺激し、くっと口腔内の文太自身を吸い上げると、確かな反応でそれは急速に硬度を増した。
「拓海が……!」
「ん……がッ、……」
顎を両手で掴まれ、無理矢理引き離された。
アハハハ、と拓海の無邪気な笑い声が、天井から聞こえた。他にも声が二、三混じっている。友達をつれてきているのだろう。
「拓海がいるんだ。ちったぁ遠慮しろ……」
小声で叱咤され頭を軽く叩かれ、台所に行けと命じられた。
唾液で濡れた口元を拭い、涼介は少し不貞腐れながらも文太に従い、暖簾の向うの台所に入った。
薄暗い台所は、夕餉の煮物の匂いが漂っていた。
居間と違ってしんと冷えていて、シンクに面した擦りガラスの向うはほとんど距離のない隣の家の廊下で、電話と花瓶がぼんやりと見える。
開けっ放しの食器棚のグラスが三つほど減っている。拓海が上で来客と何か飲むため持っていっているのだろう。
少し待つと、衣服を整えた文太はまだタバコを咥えていた。否、新しいのに火をつけたのだ。
「後ろ、向け」
命じられるまま、シンクの縁に手をついて文太に背を向けた。
慣れた手が回ってきてベルトを外し前をくつろげ、ジーンズと下着を膝まで下ろした。
「ぁ……」
「黙ってろよ。喋ったら承知しねぇぞ」
陰毛と半勃ちの涼介自身が外気に晒された。
「付けろ」
シンクの縁の上に、避妊具の封が一つ置かれた。
「……」
涼介は頷き、それを手に取り封を切り、素直に自分自身に装着した。
これからされることを思うと半勃ちの自身は七分には勃起した。
肩越しの文太の視線を感じる。首筋に掛かる息に、背筋がゾクゾクした。
パチンと音を立て根元まで被せ終わると、背中を押され頭を下げろといわれ、涼介はシンクの縁に掴まって頭を下げて尻を突き出した格好になった。
「咥えてろ」
文太の口にあったタバコを口に咥えさせられた。タバコを落とすまいと軽く歯噛みし呼吸すると、口付けのときに慣れた……文太の味が、煙となって涼介の肺に吸い込まれていく。
「……――!!」
涼介はビクッと跳ねた。
後ろで文太が跪いたかと思ったら、尻たぶを広げられ、ヒクつく涼介の狭い蕾に熱い舌が這ったからだ。
そんなところをねぶられるのは勿論初めてのことで、広げられて見られるだけでも恥ずかしくて堪らないのに。
力強い指が皺を伸ばすように押さえつけ、普段なら首筋や胸を嘗め回す文太の舌が、遠慮なくそこを……文太自身を迎え入れたがっている蕾を舐めた。
(そんなところ……!)
声を出すなといわれているし、口にはタバコがある。
必死に声を抑えタバコを落とさぬように耐えながら、涼介は後孔を舐められるという初めての経験に言い表せぬほどの快楽を感じた。
(お父さんッ……!)
ピチャピチャと音がする。
シンクの縁を握る涼介の手に力がこもる。冷たい金属がぬくもるような感覚。
きゅっと慎ましく閉じるその蕾を舌先がこじ開けるように突付き、散々文太自身を、文太の指を受け入れて互いを満足させた場所へと行きたがっている。
(駄目だ、こんなの……すごいッ……!)
文太にそんな場所を舐められているという事実。
そこは涼介の性感帯でもあり、涼介は齎される波の様な快感をただただ必死に追い求めた。
舌の動きが一層激しくなる。
やがて文太の片手が前に回され、避妊具を被った涼介自身を軽く扱いた。
「ぁ……あ、……!!」
もうそれ以上我慢は出来なかった。
涼介は喉を見せてのけぞった。
咥えていたタバコが濡れたシンクに落ちた。じゅっと音を立て、火が消えた。
「ぃあ……イ……くぅ……ッ!」
涼介が掠れた小声で叫んだ。文太の手の中の涼介自身が限界に達し、精液溜まりに白い体液が吐き出される。
涼介は硬直し、ビクビクと数回震えた後、一気に脱力してその場に崩れ落ちた。
タバコを灰皿に押し付け、「さて、」と涼介は喫煙室の外に目を向けた。
「最近の高橋君て……」
助手はまだ吸っていて、喫煙室を出ようとする涼介を、目を細めて見つめた。
「はい?」
「なんだか、幸せそうだね」
「……そうですか?」
涼介は首を傾げた。
「ああ。最近の高橋君は、素敵な存在にでも包まれて、とても満たされているように見えるよ。なんだろうね……こういうの、どう表現していいんだか……何かいいことでもあった?」
助手は芸術をたしなむせいか、言い回しが大仰だ。そう訊かれれば、思い当たる節はたった一つ。
「――ええ。とても、幸せですよ」
涼介は自然と零れる笑みを押さえることもせず、気持ちをそのままに肯定した。
その涼介の顔はとても美しいもので、――助手の心臓は軽く跳ねた。
長い間、求めていたものに出会えた。
大好きな人がいる。
その幸せは、涼介だけが分かるもの。
サイズの合わないゴムサンダルを履き、文太の味のするタバコをのみ、昨日の余韻に浸り、――涼介は幸せだった。
『――明日なら飲みに連れて行ってやる。今日はもう帰れ』
昨夜、台所の床に崩れ落ちた涼介に、文太は耳元で囁いた。
「……今日、早く終わりますかね?」
喫煙室のドアに手をかけ、涼介は思い出したように助手に振り返った。
実験の進捗次第で、帰りの時間は幾らでも遅くなる。
「ああ。珍しくスムーズにいってるから大丈夫だろうね」
夕方には終りだね、と助手は笑った。
涼介は頷き、喫煙室を出た。
(終)
|
home