Santa Claus who rides on Impreza 後日談



12月25日の些細な誤解。


12月25日。
「……なんで一つ減ってんだよ」
秋名の峠の駐車場は、昨日24日は愛を語り合うカップルの車だらけだったが、今日はそうではない。
青いインプレッサがただ一台。一日遅れで愛を語り合う、男同士が乗っていた。
ナビシートの啓介の手には、先日封を切ったばかりの避妊具の箱があった。その中身に疑惑を抱いた切れ長の目が、じろりと運転席の拓海を睨んだ。
「え?」
ホルダーの缶コーヒーを手にしかけた拓海は啓介の言葉の意味が分からず、素で返事した。
「だーかーらー! なんでコレ一つ減ってんだよっ!」
びしっ! と拓海の眼前に突きつけられた、連なった避妊具の包装。
「……あれ。ほんとだ……」
確かに23日に啓介に会ったときには、これは5つだった。その日に拓海の部屋で1つ使って、4つになった。
一日挟んだ今日。
「……3つ、ですね」
どこからどう見ても三連だ。
「一つどこで使ってきたんだよっ。どーせ会わなかった昨日のうちに使ったんだろっ!」
啓介の目と言葉は明らかに浮気を疑っている。
「え……そんなことしませんよ。第一オレ昨日は仕事で遅かったし……」
「ホントかぁ? んなこといってどっかでヨロシクやってたんじゃねえのかよ」
「本当ですよ。なんなら会社に問い合わせてもらっていいですよ、12時過ぎて事務所に戻ったんですよ」
拓海は頭を掻いた。本当に身に覚えがないのだ。
「それに……オレは浮気なんてしませんよ、啓介さん」


運送屋にクリスマスなどない。
昨日の拓海はうぐいす色の服を着たサンタクロースだった。
単身赴任中のお父さんから子供へのクリスマスプレゼントを届け、田舎のおばあさんからの手編みのマフラーを一人暮らしする孫に届け、なんてことをしていたら仕事が終わったのは深夜だった。
足は棒になりげっそりするほど働いたのに、上司には「不景気のせいか去年より荷物が少なかったなぁ」と言われ、もっとげっそりした。 家に帰ると文字通りバタンキュー。今日25日も、ついさっき……10時過ぎまで仕事をしていたのだ。
「じゃあなんで減ってんだよっ!」
「それは……」
啓介の手には一つ減った三連の避妊具。
(参ったな……本当にオレじゃないんだけど……)
「藤原がどっかで使わなきゃ減らないだろ?」
「だからオレじゃありませんて」
啓介をなだめながら、拓海は避妊具が減った理由を考えた。
(――啓介さんって結構疑り深いからなぁ)
惚れた弱みだから今更だけれど、拓海は困惑した。
浮気を疑われるほど自分には甲斐性はない、と拓海は思っている。
しかし啓介にしてみれば、始まりは酔っ払った自分を送り狼でいただきます(『勝手にしやがれ』参照)だった拓海が、いくら自分には甲斐性はありません僕は死にましぇんと言ったって、説得力はない。
現にこうして避妊具が減っている。疑惑は膨らむ一方だ。
拓海のようなぼーっとした奴に限って下半身はイケイケというのは、十代の頃散々遊んできた啓介の経験に基づく公道最速理論ならぬ天然最エロ理論だ。


「そもそもこの車はオヤジのですし」
そう。
この車は基本的に父・文太のものだ。
拓海はエアコンが効くからという理由でインプレッサを時々借りているにすぎない。
避妊具の箱をこの車のダッシュボードに入れたのはたまたまだ。
「……あ、」
拓海はピコーン!とひらめいた。



そう。
オヤジの車。



(そうだ……きっとオヤジだ……あのクソオヤジ……)
昨日のクリスマスイブ、ふらふらで帰ってきた拓海が「腹減った」と炊飯器を開けると、綺麗に空だった。
メシは? と文太に訊ねると、風呂上がりにビールを飲みながら「外で食った」と言っていた。しかも寿司だという。 うらやましいオレに土産はないのかとぶつぶつ言いながら、仕方なく近くのラーメン屋にふらふらのまま出かけ、スープの煮詰まったラーメンを食べ、ともしい小遣いから680円を払う羽目になったのだ。
「オヤジ……だ」
「え?」
「啓介さん、きっとうちのオヤジが犯人ですよ」
「……藤原のオヤジさんが?」



外で食ったということは出かけたということ。
今日インプに乗ったら、昨日の朝の配達時に比べガソリンがえらく減っていた。つまり文太は昨日の夜、インプで遠出をしたということだ。

「……マジか?」
「マジですよ」
拓海は未だ疑惑の目で見てくる啓介から三連を取り上げた。
「オヤジさん、いい人いんのかよ」
啓介の言葉に、拓海は内心(お宅のお兄さんですが何か)と呟いた。
「ええ。うちのオヤジ、結構もてるんですよ、ああ見えて。独り身だし。
昨日はクリスマスイブだから、行きつけの飲み屋のママでもひっかけてしけ込んだんですよ……きっとその時に、」
「ふぅん……?」
啓介は口をとがらせ、まだ疑っているようだ。
「もう、やだなぁ啓介さん」
あはは、と作り笑いをする拓海だったが、内心は「あんのクソオヤジ……!!」と腸が煮えくり返り、黒パンダモードONになっていた。

文太の相手がまさか啓介の兄だとは、まだ口が裂けても言えない。



拓海の推理はこうだ。
文太はインプで遠出をした。
今啓介が座っているナビシートには、あなただけ見つめてる……もとい、文太しか見えていない涼介が、ニコニコ笑顔で座っていた筈だ。
昨日はクリスマスイブ。行事イベント記念日大好きの涼介がその日を逃すわけがない。
どうせクリスマスイブに文太と過ごしたいとかなんとか言って、都合をつけて二人でドライブと外食をしたのだろう。
そして二人でこの避妊具を使ったのだろう。
と、いうことは。
つまり。
通常そういうホテルなら避妊具はある。
文太の部屋の押入に避妊具及び付随品があるのも知っている。
遠出してなおかつこれを使ったということは。
致した場所はそれがない場所ということ……例えば……野外だとか。


拓海の推理は大筋では正解だった。


(いい年してアオカンとかすんじゃねぇよあのオヤジとあのバイト……!)
しかも男同士で、と付け足しかけて、自分たちもそうだと気づく。


「ね、啓介さん。オレは浮気だなんてそんなことしませんから……それより」
外出ましょう、と父文太とバイト涼介への怒りを隠した笑顔で啓介を誘った拓海は、車の外に出た。


拓海は危うくあらぬ疑いをかけられるところだった。
疑いははれたが、父への尊敬の念ゲージはまた一つ、減った。涼介への怒りゲージは一つ、増えた。


「今日は外で目隠し全裸ですからね、啓介さん」
「えー……外超寒いぜ……」
「やってれば温まりますよ」


若気の至りか、地元の山で際どいプレイをしている二人だった。

(終)





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