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適当に入った、名前も知らないラブホテル。
やっぱり適当に選んだ、真ん中辺りの部屋。
拓海と啓介がベッドに並んで腰掛けてから、早五分。
会話はなかった。
沈黙を破ったのは、ベッドサイドに置いた啓介の携帯電話だった。
携帯電話の小窓がキラキラと点滅し、流行の女性アイドルグループの曲が大音量で流れる。
「んだよ」啓介はストラップだらけの携帯に手を伸ばし、ぱちんとシェルを開いて耳に当てた。
「はい、もしもし、――なんだお前かよ……超久しぶりじゃね?」
電話の相手は、啓介の高校時代の友人らしい。
話の雰囲気からするに、卒業して初めての電話らしく、啓介は隣にいる拓海のことなどお構い無しに、懐かしい友人との思い出話に夢中になっていた。
「今? 大学通ってるよ――うん、そう、……うるせーなぁどーせ……お前は? 神戸だっけ? 神戸のどこ? 荒木と亜矢子と一緒だろ? ……あれ? 亜矢子は違ったっけ? 奈良? 亜矢子奈良行ったっけ?」
まるで隣に居る拓海の存在を忘れたかのように喋り続ける啓介をちらりと横目で見ると、拓海は小さくため息をつく。そのため息に、啓介が気付くかどうかは別として。
「そうそう、こないだ木村と遊んでさぁー」
啓介の口からは、拓海の知らない啓介の友人の名前が次々と出てきた。
電話の内容は誰某はどこに行っただの、何をしているだのといったことが主で、電話の相手はどうやら人伝に啓介の携帯番号を聞いたらしく、特に用事があったわけではないらしい。
「そっかぁ、アイツらやっぱ別れたんだぁ」
啓介は背中を丸め、あははは、と無邪気に笑った。
「……」
次々と飛び出してくる、自分の知らない名前。
拓海の胸が、ぎりっと痛む。
啓介の友人の名前など、拓海が知らないのは当たり前なのに。
「あ、そうだ。ウチの近くのファミマ、渡辺がバイトしててさー。アイツ短大出て群馬に帰ってきてるみたいだぜ。――オレ? オレ、実家だよ――うん……うん……そそ、車で走ってんの……そ、峠……」
啓介は携帯を耳と肩ではさみ、ダンガリーシャツの胸ポケットから煙草とジッポを取り出すと一本咥えて火をつけた。一息吸い、ふぅ、と長い煙を吐き出す。
「彼女ぉ? いねえよそんなん……車ばっかだよ……あ、セフレならいるけど」
啓介は言うと、拓海をチラッと見た。
「…………」
拓海は知らずに横目で啓介を睨みつけていた。
長い電話が終わり、啓介がシェルを畳んだ。ばちん、といい音がした。
「高校ン時のツレでさ、今神戸の大学通ってんだって。なんか六甲にもいい走り屋のチームがあるらしいぜ……関西はレベル高ぇってアニキが言ってたなぁ」
啓介は拓海の肩を抱き寄せながら言う。
「……そうなんですか」
いつもより悪い反応に、啓介はおや、という顔をする。
「なぁ、藤原……お前、怒ってんの?」
「別に」
俯いた拓海の顔は強張っていた。
こういう顔をするときの拓海は大抵怒っているのを啓介は分かっていた。拓海は嘘をつくのが下手だ。
「そっかぁ? 藤原、いつもより愛想なさすぎじゃね?」
怒ってるんだろ、とは言わず、遠まわしに重ねて尋ねてみた。
せっかく久しぶりなのに、と、拓海の唇に自分の唇を重ねる。
啓介のキスは煙草の味がする。さっき吸ったばかりだからか、いつもより味が濃い。やがて啓介の舌が割り込んできて、ねっとりと拓海の口腔を味わっていく。
「ん、……ぅ」
拓海の口から、艶めいた吐息が漏れはじめる。拓海が啓介の背中に手を回そうか、と思ったとき、唇は名残惜しさもなく、離れた。
「――な、藤原」
唇を離すと、啓介は拓海を見据えたまま口端を上げ、目を細め、笑みを作る。悪戯を思いついたときの子供のように。
そして、言う。
「オレの目の前でオナニーしろよ……な? オレのセフレの藤原拓海」
体の関係だけだというのは、最初からお互い了承済みだった。男同士なのに恋人ってどうよ? と首をかしげたのは啓介で、拓海もそうですよね、男同士ですし、と同調して始まった関係だ。
最初は本当に、軽い気持ちで始まった。
なのに、半年もたった今頃になって、だ。納得している筈なのに、啓介が自分の知らない昔話をしたり、この関係を“セフレ”という三文字にすると、拓海の中で、どうしようもないもやもした気持ちが湧いて来てることがある。
拓海はそれを決して口には出さなかったが、態度には現れる。そしてそれに気付かないような鈍い啓介ではない。
昔話やセ、フ、レ、の三文字に、拓海の機嫌があからさまに悪くなることを。分かっていて、面白がって啓介はわざと口にする。
ベッドヘッドに凭れ、ジーンズの前を寛げた拓海の、投げ出した脚の間に啓介が肩膝をつく。
さっきの発言に機嫌を損ねた拓海にオナニーをさせるのに、啓介は少々てこずった。宥め、卑猥な話をして、キスを沢山して愛撫も施して、やっと、だ。
拓海がジーンズから出した性器を右手で扱き、左手はシャツの裾から中に入り、腹を、胸を弄る。声は、セックスのときと同じくあまり出さない。抑えた、思い詰めたような苦しげな喘ぎ声。
「っ、……んぅっ……ぁ、」
性器は硬度を増していき、拓海の頬は紅潮し、額に汗が滲んでいく。啓介は痴態を晒す拓海を見、自らもジーンズの中身を硬くしていた。
「け、すけさん……」声を裏返らせ、拓海が啓介の名を呼んだ。過呼吸の様に息が乱れ、両手で性器を激しく擦る。膝が立ち、腰が淫らにくねる。
「藤原、今どこが気持ちいい? 言ってみ?」
啓介が尋ねれば、
「……チ、ンポ……」
今更の様に恥らいながら、拓海の口からはそんな単語が飛び出してくる。
「だよなぁ、そこ気持ちよくしてるもんな」啓介は笑った。
普段のぼおっとした雰囲気からも、峠でハチロクを駆る姿からも、全く違うその姿。
「――やらしーな、藤原……」
ごくり、啓介は息を呑んだ。
押し倒して挿入して喘がせるのもいいけれど、こうして痴態を演じさせる方がセックスするより能動的で、いやらしいことだと啓介は思っていた。拓海の普段が普段だけに、余計に、だ。
「あ、っ……あ、あ、……」
拓海の爪先が、く、と強く曲げられる。
「あ、―――……ぁぁあ……ッ、出る……出る……!」
泣きそうな声を上げ、充血した拓海の性器から、慎ましさの欠片も無くは砕くがびゅるびゅると飛び出し、安っぽいシーツに無遠慮に飛び散った。
「ッ、あ、はぁ、あ、っ……!」
残滓を扱き出しながら、拓海が粗く息を付く。最後の一滴まで搾り出し、肩で息をし、脱力する。
「すっげ、いっぱい出たじゃん……」シーツに滲んでいく拓海の精液を見、啓介はご褒美、と拓海にキスをした。軽く口付けるつもりで啓介が重ねた唇を、拓海は貪った。
――オレ、馬鹿みてぇ……。
拓海は啓介の唇を貪り舌を絡めながら、ぼんやりとした頭の片隅で考える。醜い、泥沼みたいなこの感情。嫉妬と執着を煮詰めて、バニラエッセンスをひと瓶丸ごとぶち込んだような、胸焼けしそうな気持ち。
自分の知らない啓介の交友関係。
セフレ、と言われること。
そんなものとの縁は欲しくないから、同性の啓介との身体の関係を望んだのに、どうして今になって、こんな。
啓介が面白がっているのも分かっている。からかわれているのか。馬鹿にされているのか。でも、拓海はどうしようもなく反応してしまう。
――そうだ。このまま啓介さんの舌、思い切って噛み千切っちまおっかなぁ……余計なこと喋んねーように……。
物騒な考えが、ふと脳裏を過ぎる。
――そしたら啓介さん、オレのもんじゃね?
がぶり。(啓介×拓海)
(終)
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