今更ドライブ



FCを手に入れてから、地球何周分を走っただろう。
日数にして、走行時間にしていったいどれほどになるだろう。
人馬一体というが、人車一体となって息の詰まるような限界バトルも数多く経験した。
FCは自分の足だと、思うとおりに操れると人には言われるし涼介自身そう思っていた。


今日はバトルでもない。普通の街走り。FCを法定速度で走らせているだけだ。
平日の昼下がり、よく空いた、慣れた三車線の国道を流している。
たったそれだけだ。
なのに、ステアを握る涼介はこれまでで最も緊張していた。


「……遠いな、館林は」
ふぁ、と文太がナビシートで欠伸をした。
FCのナビシートに埋まる文太を、涼介は横目でちらっと見、緊張に手に力が入るのを感じた。
これまでも酔った文太の代わりに涼介がインプのステアを握ったことは何度かあったが、慣れない4WDだからと言い訳できたし、文太は酔って寝ていたことも多かった。
けれど今日はFC。そして文太も素面だ。下手なことをすれば、言い訳ができない。


「……そんなに緊張すんなよ」
流れる車窓の外を見ながら、文太が小さく笑った。
「別に、」
緊張なんてしていませんという顔をしようとするが、涼介は文太の前では偽れない。別に、と言った声が、緊張していますと答えていた。
インプを点検に出していて、ハチロクは拓海が乗って出かけてしまって足がない文太を、館林の親類のところへ送り届けるだけなのだ。
お父さんの前でいいところを見せなければ、と思ってしまうのか、涼介はどうしても肩に力が入ってしまう。ブレーキングが、シフトチェンジが遅れてしまったり、早すぎたりしてしまう。勿論、重大な事故を引き起こすほどのものではない。普通のドライバーならさほども気にならない僅かな差だ。が、峠のカリスマなどと呼ばれ、限界バトルを数々繰り広げた高橋涼介としては、「らしくない」ものだ。
「ん?」
ゆるやかなカーブを左折していると、文太がわずかに眉根を寄せた。
「……今の、ちょっと遅かったな。切るの」
ステアのことだ。
「あ、……すみません」
「謝ることじゃねーだろ。普段なら、ちゃんと出来てるだろ……お前ならな」
隣に自分が乗っているから涼介が緊張しているのだと、文太にはわかっていた。
「教習所の鬼教官じゃねえぞ、オレは」
文太が苦笑する。もっとも、涼介が教習所で縮こまっていたとは思えないが。
「いいところ見せねーと、なんて思わなくていいんだぞ」
「そんなことを思ってはいませんけど……」
下手なことをしてはいけないと思うのは、そういうこととイコールなのだが。涼介が鼻の下を擦った。
「あのな、涼介」
文太が僅かにナビ側のウインドウを下げた。
タバコ吸うぞ、と断りをいれ、胸ポケットから出した一本をくわえ、火をつけた。細い紫煙が僅かな隙間から外へと流れていく。
「泣き顔だのわめきちらすとこだのいやらしい顔だの……さんざんみっともないところをオレに見せといて、……何を今更カッコつけてんだよ」
「……」

あ、と呟いて、涼介は納得した。

涼介は文太には散々見せた。

泣く顔も、わめく様も、思い切り笑った顔も快楽に溺れて気を遣った顔も。

嫉妬に駆られたみにくい顔も、拗ねた子供のような顔も。

肉体の、自分では見えない場所も。心の奥底も。素の自分を。

全部、だ。

いいところを見せようと背伸びしようとしたって、今更だ。
「だから、な。肩に力入れんなよ」
フツーにやれよ、と文太は窓の外を見ながら言った。



「お前はフツーにいたいんだろうが」
「……はい」

ありのままの自分でいたい、その場所として文太の隣を選んだ。始まりはそうだったのだ。

「次の角、右だ」
「わかりました、」
涼介がアクセルを踏み込む。文太は内心、少し深いなと思いながらも言わなかった。

(終)





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