国道沿いの工業団地の中にある系列店とは違って、このあたりは割と閑静な住宅街だ。
ちょっと先に行けば温泉街があるけれど、そこからの客を見込むには微妙に遠い。
こんな時間に来る客は稀だけれど、24時間営業だから閉めるわけにもいかない。
同じ夜勤の片割れはバックヤードで休憩中。
午前二時、客の途絶える時間。
「ふあ……」
退屈だよなー……オレはカウンターで欠伸をかみ殺した。
時給はいいけど、4時前に弁当や新聞や雑誌を積み込んだトラックが来るまでは暇で暇で仕方ない。


お。


なーんて思ってたら、車の音じゃん。
外を見たらヘッドライトがまぶしい。
店の前に停まったのは、……青のインプ。WRXか。最近よく走ってんよな、あのテの車。
車から降りて店に入ってきたのは、二十代半ばの、背の高い男とおっさんの二人連れ。あんまり似てないけど、親子みたいだ。
だって背の高い方が「お父さん」なんて言ってたから。
「うわ……」
いらっしゃいませ、の前に思わず口から出ちまった。
だって背の高い息子の方、ムカつくくらい男前なんだぜ。
股下超長ぇし。髪もサラッサラだし。フツーにワイシャツとGパンがあんだけ決まるって、イケメンだからだよな。
そーいや昼間のシフトに入ってるツレが「時々ゲーノージンみたいなイケメンが来る」つってたけど、たぶんアレだな。
「……いらっしゃいませー」
羨ましいを精一杯のオブラートにくるんで、スマイル0円。声を張り上げる。
ってかあの息子、本当にゲーノージンだったりして……。いやいやモデルかも……。
父親の方はまあ、普通のおっさんだ。目ェ細くてさ。背は低くはないな。40過ぎくらいかな。
「お父さん、寝ないんですか?」
「ああ。下手に寝たら起きるのが辛ぇからな。今日は拓海が配達だ。その間に仮眠する」
風呂にでも入ったのか、二人とも洗い髪だ。
午前二時に寝ないんですかって、オヤジさん朝早い仕事かな。
イケメンの方が籠を手に、オヤジさんの後をついて歩く。
「ん」
酒コーナーで、缶ビールを二本。オヤジさんがイケメンの持つ籠に入れた。
お買い上げ有難うございます。
「あ、お父さん。ボールペン、もうインクないですよ」
「そうか」
文房具のところでボールペンを一本。
「あと、マジックも切れてました」
「そうか」
同じく、マジックも一本。
ってか、イケメン息子、オヤジさんに敬語?
「あ。そうだ、金物屋さんの息子さん、結婚だそうです」
「熨斗はある」
熨斗袋、お買い上げならず。


……別に客が何買おうか勝手なんだけど。
暇してるから、ちょっと見ちまうんだよな。
だって息子の方、腹が立つを通り越して羨ましいくらいすっげーイケメンだし。

2人は店内を歩き回って、ビールのつまみらしい乾きものをいくつか籠に。

「ね、お父さん。おやついいですか」
「ん? ……ああ」
「ふふっ、やった」
イケメンが嬉しそうに手にしたのは、新製品のチョコレート。お目が高い、それイチオシ商品なんだぜ。
「涼介、またそんな虫歯になりそうなモンを……」
「これ美味しいって大学で聞いたんですよ。コンビニ限定だそうです」
「……女か、お前は」
オヤジさん、呆れ気味。いや、まぁオヤジさんの気持ちも分からなくはないんだけど。
ふむふむ。イケメン息子は甘党か。
でもそれ確かにコンビニ限定だしついでに季節限定でもあるんですよ、オヤジさん。あと結構旨いんですってば。
「……好きにしろよ」
仕方ないなと、オヤジさんは肩をすくめてふっと笑った。



「あ、お父さん」
絆創膏なんかがあるコーナーの前で、イケメンが足を止めて前を歩くオヤジさんの服を引っ張った。
女か、お前は……ってオヤジさんの真似じゃないけど。そう言いたくなる、妙に甘えた仕草だった。
「――あれ、」
「あ?」
イケメンが棚を指さした。オヤジさんがその方向に細い目をやる。
「もう、ないんです」
「そうだったか?」
「さっき三つ使ったでしょう、オレが一つでお父さんが二つ……」
「ああそうか……あー……けどよ。……今買わねーとダメか?」
オヤジさんが頭を掻いた。
まぁ確かにコンビニは便利が売りだけど、基本スーパーで買うより何だって割高だからな。
「いえ……別に」
イケメン息子、下を向く。
「別に昼間でいいだろ。ドラッグストアで買えよ」
「……覚えてるうちに買っとかないと……」
「覚えとけよ」
「今がいいんです……」
「……今買うとロクなことにならねえ気がするから嫌だ。……お前がいるとな」
「ひどいです、お父さん……」
「お前が言うか? いきなり跨ってきやがって……」
「いけませんか?」
「いけないな……」


――あれ。

なんか揉めてる。


イケメン息子が拗ねた……いい年した男が拗ねんなよ……ってか、男前は拗ねても男前だよな……。

つーか。

事情の如何に関わらず店内での揉め事は何卒ご遠慮願いませんか……。いくらお客があなた方だけだっていってもですねぇ。

「……わかりました。じゃあ、いいです」
お。イケメン息子、折れた。すっげー仕方なさそうに。
「涼介、貸せ」
オヤジさんがイケメン息子から籠を奪って、こちらのカウンターへとやってくる。
「いらっしゃいませ、お会計させていただきまーす」
「ん」
支払いはクレジットカードで。お会計、1、536円也。
イケメン息子はまだ拗ねていて、オヤジさんの会計が終わるのを待たず、先に店を出た。
「ありがとうございましたー」
オレは商品を手渡した。オヤジさんは店の外を見てチッ、と舌打ちをした。
「あいつ拗ねてやがんな……」
オレも釣られて外を見た。
店の前に前進で停まったインプの中がうかがえる。ナビで、あのイケメン息子が拗ねた顔で座っていた。
「な、兄ちゃん」
「……はい」
「追加だ」
「は?」
オヤジさんは追加、と言うと今渡した袋をカウンターに置き、さっき揉めていた棚の前に行き、商品を一つ手にして戻ってきた。
「……」
その商品を目にしたオレは、絶句した。
「ほい」
さっき仕舞ったばかりのクレカを再び出して、その商品の上に置く。
「えっと、……」
「袋は一緒でいい」
「……あ、はい」
四角い妙に軽い箱を、さっきのビールなんかと一緒の袋に入れて、お会計、1050円。
「あんがとよ」
オヤジさんはちょーっとだけ重くなった袋を手に、店を出た。
「ありがとうございましたー……」


オヤジさんはインプの運転席に乗り込み、ナビのイケメン息子と一言二言、会話を交わしている。


イケメン息子も何か言った。ちょっと怒ってるみたいだ。

オヤジさんが袋の中身を見せる。

イケメン息子の顔が、にっこりと……笑顔になった。と、思ったら。

「え、あ」

イケメン息子が顔を近づけて……オヤジさんのほっぺたに、キスを、した。
オヤジさん、慌ててイケメン息子を引きはがす。

「ええええええええええ!!!!!」

コンビニのカウンターでオレ絶叫。
「おい、うるせーぞ」
休憩中の相方がバックヤードから顔を出す。
「あ、ごめ……!」

オヤジさん運転のインプは、弄ったような音をさせて去っていった。



「……えっと……」
カウンターの中で、オレは呆然としていた。
オヤジさんが追加した商品は、コンドーム。


イケメン息子は言ってたよな。

さっき二人で三つ使ったって。
イケメン息子が一つでオヤジさんが二つって。

オヤジさん言ったよな。
跨ってきたって。

ついでにあれって、ちゅーだよな。

え。

あの2人って、そーゆー関係なわけ。

え。


――見間違いだって言ってくれ。聞き違いだって言ってくれ。



「はは……は……」

ないない。
それはない。

ないっていうか、ないほうがいい。

ないって言ってくれよ、誰か。

アレは幻だって。

なぁ、誰か。




ないないない。(とあるコンビニ店員の独白)




(終)





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