心地よい温度の湯に肩まで浸かり、足を思い切り伸ばすと文太は息ついた。
溢れた湯は勢いよく洗い場の床を流れ、排水溝に吸い込まれていく。
「……広いよなぁ」
一人ごちると、自宅より遙かに広い浴槽を満たす湯を掌で掬い、肩に掛けた。
自宅の浴槽は古くて狭いから、膝を曲げなくては入れない。
その上、照明も薄暗いし、どこに穴が開いているのか折れ戸を閉めてもやたら寒い。
ここなら足が伸ばせ、明るく、浴室暖房も効いているから暖かい。
家の様に水道代を気にすることはない。幾ら湯を使おうと、部屋代は同じだ。
その上広い浴槽と同じ幅で、高さは天井までという大きな窓があり、赤城の山を望むことができる。
馴染みのホテルの馴染みの部屋の風呂。文太のささやかな贅沢の一つだ。
「絶景だな……」
細い目をさらに細め、文太は赤城の山の向こうに身を隠そうと空を赤く染める夕焼けを眺め、唸った。
空の半分以上はもう闇色で、山際だけが赤い。
夜のはすぐそこまで来ている時間帯だ。
「ここのお風呂、お父さんお好きですよね……」
窓際で浴槽の縁に腰掛けた涼介が、文太を見て微笑んだ。


文太はほんの数時間前まで店を閉めてインプをいじっていた。なのに邪魔をしに来た涼介に煽られて気付けばこのホテルにいた。
日のある内からラブホテルに時化こんで、たっぷりと汗をかいた。
汗をかいた後はゆっくりと湯に浸かって疲れた身体を労る……もう何度繰り返したことか、このパターン。
両手を折るほどの回数を越えた辺りから、文太は数えるのが面倒になった。
このホテルが行きつけになったのは、渋川から遠からず近からず絶妙な距離で、知り合いには会いにくいこと、風呂が広く窓からの眺めがいいこと、男同士でも断られないこと、モーテル形式で駐車場が各部屋に二台分あり、涼介と直接待ち合わせるのに都合がいいこと……理由はいくらでもあった。


「だんだん日が長くなってますね……」
冬至はとっくに過ぎ、今は夏至まで日が長くなる一方だ。
つぶやいた涼介は窓の外を眺めた。


文太は夕日に照らされた涼介の横顔に視線をやった。
「……」
薄く微笑んだその横顔が、とても綺麗だと思った。
整いすぎるほど整ったこの顔は、ついさっきまで快楽に溺れた色に染まり、蕩け、文太の精にまみれていた。
この世の全てはこの瞬間にだけあるとでも言いたげに快楽の底なし沼に沈み、はしたない声を上げていた顔。
今はまるで違う。
快楽ではなく夕日に染まっていて、まるで絵のようだ。
少しでも絵心がある人間なら、この瞬間をキャンパスに留めておきたいと思うだろう……それほど、美しかった。


視線を下へとやれば、濡れた涼介の身体の線は細く、ウエストは頼りないほどだ。すらっとした長い足の臑から下が湯に浸かっていた。

(綺麗なもんだな……)
文太は細くため息をついた。
美人は三日で飽きるというが、そんなことはない。何時までたっても、涼介を見飽くことはなかった。


綺麗な息子を染める夕日は、もうすぐ終わる。
「あ、もう終わる……」
揺らめく夕日が、山の向うにもう吸い込まれそうだ。


「お父さん、そっち行ってもいいですか?」
涼介が顔をこちらに向け、文太に訊ねた。
「ん? あ……ああ。いいぞ」
考えに耽っていた文太は返答に一瞬困惑した。
「ふふっ」
切れ長の目を細めて弧にし、涼介は勢いのいい水音と飛沫を立てて湯に飛び込み、文太の側に寄った。
「お父さん」
そして文太に跨り、その顔を両手でくるみ込んだ。
「おい……」
「……お父さん。ここで、もう一回しませんか」
「時間は?」
「まだ、たっぷりありますよ……」
湯の中で、文太の腹に涼介自身が触れた。
その堅さは、上の口でしたいと言った裏付けだ。
「ね……お父さん。しましょう、セックス……」
涼介は目を閉じ、両手で捕らえた文太に口づける。


ねっとりとした口づけは、おねだりを通り越して情事の始まりを告げる。
「……ん、」
口づけながら、文太は涼介の耳越しに、揺らめく赤い夕日が稜線の向こうへと隠れる瞬間を見た。
音はなかったが、確かにとぷん、と日は暮れた。
空は全て闇色へと変わる。
夜の始まりだ。


口付けを散々交わし、涼介を洗い場に転がした。
四つん這いで尻を高く上げさせ、入り口を拓いた。
さっき散々文太を受け入れて緩んだそこへ、文太の人差し指と中指が無遠慮に潜り込む。
「ぁっ、あ、あ……はああッ……!」
艶のある声で喘ぎ、涼介の顔はまた快楽に染まる。
ぎゅっと締め付ける涼介の中を意地悪く探る文太の指に、涼介は腰を揺らしていい所へ導こうとする。
「んっ、ん……ふっ、……ぅ…、あ……あ・っ、……おとうさ……ぁん……ッ」
タイルの床に頬を押し当て、涼介はおねだりと喘ぎを交互に漏らす。
「いや……ぁ、ん、ちがう……そこ、違います……もっと、奥ぅ……」
涼介が腰を動かして導いても、文太の指はわざと涼介の性感帯を外す。
奥、と涼介は言っているのに、手前ばかりを弄る。
そうやって涼介を焦らして、より一層深い快楽に溺れさせようとするのが文太の算段だ。
「奥? ……いいからじっとしてろ」
「だって、……ぁ……ッ、もうちょっとなのにっ……もうちょっとなのに……お願いです、おとうさんっ、……イ、かせ…てぇ……ッ!」
可哀想なほど勃起した涼介自身は、もう片方の文太の手で根元をがっちりと戒められていて、どうにもならない。
その手を少し緩めて扱けば一瞬なのに。
哀願されても、文太は眉一つ動かさず、なかなか応じようとはしない。
「ア、ぁ……いやだ……ぁ、イきたいっ……イきたいんです……ッ!」
「――昼間っからオヤジを煽るような悪いガキにゃ、ちっとお灸が必要だろ……?」
「ぁ……ッ、ごめんなさ……ッ」
「我慢しろ。オレがいいって言うまでな……」


窓の外はもう夜で、今度はネオンがキラキラと宝石の様に輝いている。
時間も忘れ、文太と涼介は浴室での常時に耽り、また汗をかく。


贅沢なものだ――と、文太は涙混じりに喘ぐ涼介を見下ろして思った。
綺麗な景色。
広い風呂。
淫らな涼介。


どれもこれも……癖になる。


そして満たされる、文太自身。


「仕方ねぇな……イかせてやるから、ほら……とっととイけよ、涼介」
やっとのことで赦すと、涼介の中のいい場所を引っかくようになぞり、戒めている涼介自身を優しく扱いてやった。
淫らな涼介は声を上げて射精し、失墜した。



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(End)





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