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この時期の運送屋は繁忙期を通り越して忙殺だ。
時間はとっくに日付を跨いだ深夜、拓海は一日の仕事からやっと解放された。
ぐしゃぐしゃになった作業服を丸めた鞄を手に、家路をふらふらと歩いていた。いつもなら十五分ほどの距離が、今日はやけに長く感じる。
「駄目だもう……疲れたぁ〜〜……」
とっくに終発の出たバス停のベンチに腰掛けて横になり、拓海はああ、と大きくため息をついた。
足が棒になるまで一日中働かされ、体中のあちこちが痛い。
「あーもーしんどい……とっとと辞めてぇ……」
とっとと、と言ったが、運送会社は後数ヶ月で退職することが決まっていた。
拓海のプロ入りは、先週正式に決定した。
プロジェクトDの頃から、幾つかのレーシングチームが話を持ってきていた。その中から拓海の希望と最もマッチングしたのがこの度加入を決めたチームで、忙しい中、涼介が代理人となって話を進めてくれていた。涼介同伴で先週、チームの事務方と会い、その場で加入が決定した。運送会社にはすぐに退職を伝えた。
拓海と同じ様にプロから声の掛かっていた啓介は拓海より先に、春にプロ入りしていた。勿論それも涼介が代理人となっていた。
「――後ちょっとかぁ……」
仕事を辞め、そして家を出て、生まれ育った街を離れるまで後少し……寂寥感が拓海の心を覆った。
「なんか……寂しいよなぁ」
呟きは、少し冷えた夜の闇に紛れて消えた。
バス停で少し休むと体力も幾分か回復した。明かりの消えた自宅に戻ると、上がり口には綺麗に磨かれた大きな革靴が、文太のサンダルの隣に鎮座していた。
その持ち主には心当たりがあった。今更のことで、拓海はまたか、位にしか思っては居ないのだが。
階段をゆっくりと上がり、自分の部屋ではなく文太の部屋の襖をそっと、開いた――やはり、思ったとおりだ。
「……ちったあ遠慮しろっつーの」
声を潜め、拓海は薄暗い部屋の中を覗いて眉をひそめ、毒づいた。四畳半の文太の部屋の中は、事後の名残こそないものの、そうであったことは容易に伺えた。
やけに綺麗に片付いた塵箱。開け放たれた窓。そして、文太の腕枕で眠る涼介。わざとらしいくらいちゃんと着込んだ服。二人とも同じリズムで寝息を立てていた。
「ったく……」
人が死にそうになりながら働いてる間にあんたらは何してんだ、と拓海は二人にあかんべえをした。
「――そのクソオヤジ、返品不可ですからね……涼介さん」
長い睫を伏せて眠る涼介に、拓海は聞こえない位小さな声で、呟いた。
「いらないっつったって、最後まで責任持ってくださいよ……」
欲しがったのは涼介だ。
「オヤジも……あんまり調子に乗ってたら、涼介さんに見捨てられんだぞ……」
そんなことは多分ないだろうけど、と続けて。拓海はそっと襖を閉め、自分の部屋に戻った。
「ま……いいけどさ。オレには啓介さんがいるし」
返品不可
(終)
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