秘密は少しずつ、
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秘密は少しずつ、増えていく。二人の秘密を増やすのが恋愛。誰にもうかがわせない二人だけのラインを守るのが恋愛。
食べかけのカシューナッツ入りチョコレート。何処にでも売ってるヤツ。会う時にだけ食べると決めている。
箱の残りは後、三つ。全部食べたら? また違うのを買えばいい。
所謂一つのパブロフの犬。カシューナッツ入りチョコレートがベッドの下から出てくるだけで、もうドキドキしてしまう。
打ち合わせのとき、テーブルの下でこっそり絡めた手。長い中指が、オレの掌をついとなぞるだけで――勃ってしまう。
スニーカーの靴紐。靴のブランドもデザインも全く違うけれど、靴紐だけが実はお揃い。そんなところ、普通は誰も気にしやしない。ささやかな幸せ? いいんだよ、こんなのは自己満足の領域。
あと、それと。
二人のときだけの呼び名。
けーすけ。
たくみ。
その時だけ、タメ口だとか。
抱かれるのはオレで抱くのは啓介だとか。
普段はつんとしているオレがその時だけ滅茶苦茶甘えるとか。
普段は面倒臭がりの啓介が、その時だけ滅茶苦茶優しくてまめだとか。
秘密が一つずつ増える度に、二人の仲が親密になっていくのが手に取るようにわかる。
階段を降りて闇が深まっていくように、少しずつ秘密が増えていく。
海が満ちるように親密になっていく。
欠けることのない月のようだ。
オレと、啓介の間の秘密。
二人だけが入れるエリア。二人だけが分かる暗号、合図、アイテム、呼び名、お約束。
恋愛はそれを孕むイベントが二人をワクワクとさせてくれる。
秘密の共有。暗号化。
ああ、なるほどね。恋愛って、そういうこと。
今日もカシューナッツ入りチョコレートを食べて、けーすけ、たくみ、と呼び合って。
オレはひどく甘えて、啓介はとても優しくて。
二人だけのエリアである啓介の部屋の鍵を固く閉じ、携帯の電源を落としてどんな外からの茶々にも応じない。
(終)
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