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気付いてくれるだろうか?
いや、きっと気付くだろう。これに気付かなければ眼科を勧める必要がある。
小さな悪戯を仕掛けながら、涼介は笑みを浮かべた。
居間の壁に背を預け、膝を山にし、思いついた言葉を手の中で次々と形にしていった。
涼介の手の中にある文太愛用のタバコは、封を切って一本を抜いただけ。当の文太は風呂に入っている。調子ッ外れの鼻歌が、台所の向こうから聞こえてくる。
タバコのフィルターと葉の丁度境目辺り。一本ずつ、違う言葉を形にした。
文太は気付いてくれるだろうか。
どんな顔をするだろうか。
その時のことを思うと、自然と顔がにやけてしまう。次に会った時、馬鹿なことをするんじゃねえと小突かれるのは目に見えている。
それでもしたかった。
「涼介、」
文太が風呂から上がると、さっきまで居間でテレビを見ていたはずの涼介の姿はなかった。
代わりに、ちゃぶ台の上に置かれたメモ帳を千切った紙片に「もう遅いし、明日は早いので帰りますね 涼介」と涼介の字で書置きがされ、紙片の隅には風呂に入る前に吸ったタバコの箱が文鎮がわりに置かれていた。
「なんだ、いねぇのか……」
涼介が居たなら外の自販機で何か飲み物を買ってきて貰おうと思っていたのだ。当てが外れ、文太は洗い髪の先から雫を垂らしながら舌打ちした。
「仕方ねぇな……自分で行くか」
箪笥の上の財布から小銭を出して握ると、文鎮代わりのタバコの箱から一本を出して咥え――気付いた。
「ん……?」
フィルターと葉の丁度境目辺りに、黒い細かな何かが並んでいた。
一瞬、虫かと思ったが――よく見ると違う。
字だ。
「……あ?」
”おやすみなさい”
米粒のような小さな字が並んでいた。
「――……」
文太はその七文字を見つめた。
おやすみなさい。その文字はとても小さいけれど、確かに見慣れた涼介の字だ。
「なにくだらねえことを……」
アイツは……と呆れた。そしてそのタバコを一旦箱に戻すと、他のタバコも出してみた。
「やっぱり、」
案の定、どれもこれも、涼介の細かな字で同じ場所に短いメッセージが書かれていた。
”おはようございます”
”お仕事がんばって下さいね”
”吸いすぎ注意!”
「……」
19本には、全て違う言葉が書かれていた。
「抜かせー……」
よくぞ19通りもの違う台詞を思いつくものだ。文太はクッ、と笑うと、そのうちの一本を咥えた。
「まったく馬鹿なことばっかりしやがる、アイツは……」
いい年をして、と。
文太はタバコに火をつけた。
咥えたタバコに書かれていた言葉は、――”大好きです”。
いたずら
(終)
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