ドアは文太が開けてくれた。
促され、涼介は外に一歩踏み出した――が、膝ががくんと折れ、よろめいた。
「……っ、」
力が入らない。後孔に意識が集中してしまうのだから当たり前だ。
ふらつきながらも何とか真っ直ぐに立つと、今度は両胸が熱を帯びてきた。

(……もう……効いてきた……)

涼介は息を呑んだ。
あれは何度か使ったことがあるクリームだった。眉唾で買ってみたものの、効果は確かなものだ。
あれを塗って、何度も自宅のベッドの上で喘いだ――文太を思って。文太に塗られるのを想像して。
それが今夜は本当にその通りになって――悦べる筈が、この状況はそれを赦さなかった。
少しの量でいいのを、随分たっぷりと塗られた。ただでさえ敏感な涼介の乳首はあっというまに堅くなり、熱を持った。
「来いよ」
先に立って歩く文太が振り返って、もたついている涼介を手招きする。その片手はやはりポケットの中にあった。リモコンはあの中だ。
「……は、はい……ッ」
また、後孔の玩具の動きが変わった。堪えると今度は胸の尖りがパーカーの裏地と擦れ合い、性的な刺激となって涼介を撃った。
「ぅ……っ、」


(ダメだ……こんなの……ッ……!)
胸の刺激は、いつも以上だ。
塗り込めた量の多さと、この状況と、玩具の不随意な動きが胸が得る快楽をいつもより激しいものにしている。
とても外に出て、バトルが終わるまでじっとしていられそうにはないが――降参をして、文太が赦してくれるとは思えない。
膝を震わせ、下を向き、文太の後に付いて歩いた。


エンジンを激しく吹かす音は、既に争っている。
ノーズを下りに向けた二台のRを取り囲むギャラリーは、久々の熱戦に釘付けになっている。
最後列に文太が立つ。涼介もその隣に、なるべく目立たないように立った。
先ほどの看護師を名乗った女性は、と探せば、連れの男性と歩道を下りへ向かって歩いている。より見えやすい場所へと移動しているのだろう……少し、ホッとした。
(気付かれちゃいけない……)
今までなら、ありえないことだ。
バトルの現場に涼介が来れば、赤城の白い彗星の為に自然と特等席が用意され、羨望と敵意の満ちた視線を心地良く浴びたものだ。潜んでバトルを観戦することなんて、初めてのことだ。
今日は、誰にも気付かれてはいけない。
文太の隣に立っているのが、高橋涼介――それも、後孔に玩具を入れて、胸には催淫クリームを塗って、快楽を堪えているだなんて――気付かれてはいけないのだ。
丈の長いパーカーの裾で隠れている、カーゴの股間……涼介自身は痛いほど勃起し、ゆったりとした布地の中でしっかりと自己主張をしていた。服を着たまま達してもいいようにと文太によってコンドームを被せられているが、既に先端の溜まり部分には先走りが零れている。
パーカーのポケットに入れた手でそれを抑え、涼介は目深に被ったフードの下でいきむように小さく喘ぎ、ただ、早くバトルが終わるのを願っていた。
「なんかさあ、34のヤツって高橋涼介っぽくね?」
前のほうに陣取っているギャラリーの、派手な格好をした青年が後ろに振り返りながら言った。
自分の名が出て、涼介ははっとした。
隣の文太がちらりと涼介を見た。
「カオ? 似てないじゃん!」
「高橋涼介のほうが全然カッコいいし!」
「なー」
青年の問いを、後ろの友人達らしい男女が笑いながら否定した。
「ちげえよ、やり方だよ! 高橋涼介が群馬エリアで有名になった頃と、やり方が似てんだよ、あの34乗り!」
「あぁ、そっち!」
「そう言われればそうだよなあ」
「高橋涼介のこと、意識してんじゃねえの」
「だろうな」

――自分のことが話題になっていることに、俯いて唇を噛んだ。
言われてみれば、確かにそうだ。あの34乗りは昔の自分とやり方が似ている。
まだ若葉マークだった癖に、単身、名のあるチームに次々とバトルを挑んでは勝った。
既に赤城山にはチーム名に赤城と付くチームがあった。なのに史浩と二人で赤城レッドサンズを名乗り、元からあった赤城のチームよりも有名になり、あっという間に赤城と言えばレッドサンズといわれるまでにした。
あの34の青年のやり方は、涼介の昔と同じ手順を踏んでいた。


自分の名が思わぬところで出て、涼介の呼吸が乱れた。
「……有名人だな、お前は」
文太が笑いながら呟いた。
涼介は息を詰めた。

「それじゃ始めるぞぉ!」
ナイトキッズのEG6乗り・庄司慎吾が二台の間に立ち、片手を上げて叫んだ。
「5! 4! 3!……」

(早く……終わってくれ……)
涼介は願った。
胸が、後ろが熱い。己の分身が痛い。
早く解放されたい。早く、楽になりたい。
普通に文太に抱かれたい。

「GO!」
庄司の手が振り下ろされると同時に二台のRが急発進し、ギャラリーからは歓声が沸き起こった。
「……ぁ……、」
自分の中の玩具の動きがやや弱まった。涼介は顔を上げ、二台のスタートを見た。立ち上がりは34が明らかに有利だ。同じRでも、スムーズさが違う。
「タイヤの削れ方は32の方が良かったのになあ、」
目の前にいるギャラリーの男が、立ち上がりの差にため息をついていた。
スタートだけはな、と言いたかったが……今の涼介には口を挟むことなど赦されない。

「……涼介」
文太が涼介の脇腹を肘で突付いた。
「はい、」
「今度はあっち……行くぞ」
文太が顎で示したのは、駐車場の奥の――木の生い茂った森だった。
涼介の心臓がドクン、と高鳴った。

最初のカーブを曲がった二台のスキール音が、妙義の山に響いていた。


峠で 3




(続)





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