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彼女の家からここまで、出来るだけ目立たないルートを通ってきたつもりだ。尤も、オレのNSXはただでさえ目立つ車だ。気遣いがいったいどれほど効果があるのかなんて、分からない。寧ろ、逆効果かもしれない。
まあ、知ったこっちゃないけど。
人目に触れて騒がれても、オレは別に構わない。寧ろ二人の関係が白日の下に晒されてしまえばいいと思う。次男坊は気楽でいい。好きな相手を連れてくればいいと、オヤジやお袋は寛大だ。
高校生のガキの居る一回りも年上の未亡人を連れ帰ったら、オヤジもお袋もどんな顔をするだろうか。許婚に勝手に死なれたアニキは、何ていうだろうか。
峠の展望台の駐車場にNSXを停め、会った時から口を全く開かないナビシートの彼女を横目でちらりと見た。
「それ、似合ってる」
出来るだけ優しい口調で言ったつもりだ。酷いことは一度だけでいい。出来ればもう、あんな無理矢理なことはしたくないから。
「……どうも」
呟いて軽く頭を下げる彼女の髪は、今日は下ろされていた。ゆるくウエーブの当たった髪。下ろした方が若く見える。
薄い色のポロシャツも、デニムもいつもの格好。
ただ、髪を下ろしただけ。それだけの変化が、とても新鮮だ。
下ろした方がいいよといったのはオレ。それに応じてくれたということは、つまり。
「次のバトル、プロジェクトDとのバトルは……信司を出すつもりだって、この間言ったよね」
「……」
「下りはアイツに任せるけどデータなんかは信司には全く無意味だから何も渡してない。セッティングとかは久保さん任せだから、前の日に最終の調整でいつもの場所に。それと、当日は時間にさえ間に合えばいいよ」
「……」
「そのバトルに負けたら、久保さん店畳んで田舎に帰るんだって……」
「……!」
彼女がはっと目を見開いて、オレを見た。
「別にオレが畳めって言ったわけじゃないよ。あの人がそう言ってるんだ。だって、そうだろ? バトルに負けるようなショップにゃ客は来ないよ。神奈川の走り屋は、北関東で一番シビアだからな……」
言い出したのは確かに久保さんだ。
圧力を暗にかけはしたけれど、そこは言わなかった。
太客の何人かに、負けたら商売が出来なくなると久保さんに言えよ、と仕向けただけ。その言葉を真に受けて、畳むつもりになったのは久保さん自身だ。
邪魔な人は排除していくに限る。
昔からそれがオレのやり方だ。
そうやってサイドワインダーを大きくしてきた。
「バトルが終わったらさ……」
手を伸ばして、彼女の下ろした髪に触れた。
綺麗な艶やかな髪。彼女はあの日から、オレのものになった。
「どこか泊りがけで行かない? 信司も来ればいいよ。そうだな、葉山のうちの別荘とかいいかも……」
「北条さん」
相変わらず、豪とは呼んでくれない。
いいさ、いつか呼ばせるから。
「何?」
きっ、と彼女がオレを睨んだ。
睨んだから何だというのか。怖くも、なんともない。
「――そんなずるいことをするあなたのことなんて、絶対好きになんか、なりませんから……」
オレの画策を見抜いた彼女が、強く、言った。
「……ああ、どうぞ。言ってろよ」
項に手をやり、引き寄せて唇を奪った。
「今はそれでもいいさ。でも必ず――好きにさせて見せるさ」
少しずつ、少しずつ、彼女の足場を崩していくまで。
縋る先がオレしかなくなれば、その時がオレの勝ちだ。
久保さんはその第一歩でしかない。
その内、信司だって排除してやるんだ。
「アンタは、オレのものになるしか道はないんだよ」
睨んできた顔に、宣戦布告の様にとどめの言葉をくれてやる。
そう、アンタはオレのものになるしかない。
『崩れていく足場』
(End)
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