あめふりくまのこ
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遠くで雷が轟いている――と思ったら、あっという間だった。
もくもくと入道雲が此方に係り、薄暗くなると殆ど同時に雷鳴がニ、三度したかとおもったら、雨が降り出してきた。
五分ほど前に歩いて配達に出かけた涼介は、傘を持っていない。
「……ずぶ濡れだろうなあ」
庇の下、文太は木の椅子に腰掛け腕組みをして唸った。
濃い緑の蓮の葉は、上から降る、やや強めの雨に打たれて項垂れているように見える。
群れのように見える範囲全てに蓮の葉があり、その間に白とピンクの花が可憐に咲いていた。
店の前には、青と白の花が、寄り添うように。
その群れの葉の一つが動いた――と思ったら、こちらへ向かってきた。
おや、と思って目で追えば、幽霊の正体見たり……蓮の葉を傘の代わりにした涼介だった。
「凄い雨ですね」
少し服が濡れていたが、大したことはないようだ。
「はっ、いい傘があったもんだな」
「ええ」
文太が笑った。涼介も笑った。
「雨が降って、川みたいになってるところがあったんですよ」
「そうか」
”傘”は軒の下に吊るされた。
「まだ、やみそうにないですね」
涼介と二人で眺める空は、遠くまでずっと灰色だった。
「――何、歌ってるんですか? お父さん」
「ん?」
雨音にかき消されそうだったが、文太が鼻歌を歌っていることに気付いた涼介が振り返って訊ねてきた。
「歌ってほどのもんじゃねぇよ……」
文太は苦笑した。
懐かしい歌だ。
蓮の葉を傘代わりにする涼介を見て、ふと思い出した歌だ。
涼介ではない「息子」が小さい頃、よくに歌っていたものだ。まだ、”平凡”な暮らしをしていた頃。
おやまにあめがふりました、で始まる歌だった。
あの頃は山の麓に住んでいたが、今、山は遙か遠い彼方にある。
ここからは抜け出せないのだ。
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※続・Lotus(生ものにつきなるべくお早くお召し上がり下さい〜夏〜 収録)