抵抗、それはささやか過ぎる仕草
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吹き抜ける風が肌寒い。
待ち合わせ場所の深夜のコンビニの駐車場は、軽い打ち合わせという本来の名目より、一日遅れのバレンタインに賑わっていた。
「これ、沙織ちゃんから」
「誰だ沙織ちゃんって」
「いつも来てるコだよ、ほら、でっかい紫のKitsonのバッグ持ってる」
「ああ、あのコ……」
換気扇の下は揚げ油の匂いが胸を悪くする。オレはその匂いに催しそうになりながらも、このコンビニのオーナーの息子兼、サイドワインダー窓口担当の長尾を見ていた。長尾は箱を抱え、集まったメンバーの間を回っていた。
深夜、しかし郊外のコンビニ、おまけにオーナーのお墨付きだから天下御免だ。物騒な車を寄せて騒いでる。
バレンタインにサイドワインダーのメンバー宛てに、常連のギャラリーの女性たちから貰ったプレゼントが、夫々のメンバーに分配されていく。この時期、凍結もあってチームでは決まった走り込みをしていない。
オレのNSXとシンジのハチロクが走る他は、各自、平地や他の凍結していない峠での自主練習となっている。
不文律の様に、長尾の所にサイドワインダーのメンバー全員分のチョコやプレゼントが届く。理由は簡単で、このコンビニが麓で人目につきやすいからだ。
これを誰某さんにと言付けるのに、実家のコンビニのレジでいつもいる長尾は便利な存在だ。長尾のいかにもな車が駐車場の隅に止まっているのは、看板に他ならない。
「北条さん、どうぞ」
「ん」
しんがり、やっとオレの番が回ってきた。
他のヤツラは手渡された箱を早速開けて、チョコを頬張ったりしている。うおー、なんて叫んでいるやつがいるのは、どうやらいい感じの手紙が入っていたようだ。
「一番多いっすね、北条さん!」
「まーな」
オレは箱ごと渡された。色とりどりの小箱やら、ワインの瓶やブランドショップの紙袋に手紙。それらが箱いっぱいに入り、ずしりと重たい。
「……これは?」
気になったのは本能的なものだと思う。
オレは一番上に載っている小さな箱を指差して訊ねた。
その箱は、誰もに渡っていた。
「あ、それはシンジのお袋さんからで」
さっき預かりました、仕事があるからってこれだけ渡して帰っちゃいましたけど、と長尾は言った。車止めに腰掛けている三木と戸田がその箱を早速開けていた。
「クランチチョコだ」
「うめぇな」
と言い合っている。
「ああ、そう……」
オレの箱には、隅に、「北条さん」と小さく、見覚えのある彼女の字。
やたら、軽い。
「ズルイよね」
その二日後。
オレは「カノジョ」を呼び出した。
いつもの峠のいつもの場所。
呼び出しに、渋々という感じで仏頂面でやって来た彼女は……会うなりオレが突きつけた、自分があげた「バレンタインのプレゼント」の箱を受け取った。
「オレだけ空っぽとかさ」
他のメンバーの箱には、上品なクランチチョコが三つ詰められていたのに。オレの箱だけ、空だった。
「あなたには、それで充分だわ」
むすっとして横を向いたまま、彼女は言い放った。
「大嫌いだもの」
怒ったような声だった。いや、怒っているんだ。
「オレは大好きなんだけどね」
箱ごと、オレは彼女を抱きしめた。
「こんな仕打ちくらい、なんてことないさ」
言ったろ、嫌いは好きの裏返しなんだって。
強く抱きしめると、彼女は息ついた。
「……大嫌いよ」
オレの肩口で、小さな反抗が不発に終わったことに不満なカノジョが、呟いた。
「……」
唇を噛み締めた彼女の手の中で、空の箱が握りつぶされた。
(終)
2013.バレンタインのだいぶ後に。
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