あけまして、だいすき
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「……正月早々遅刻かよ……」
パーカーの右ポケットの中、携帯はいくら待てども震えることはなかった。
拓海が送った「まだ着きませんか?」のメールに対する返事は、約束の時間を20分オーバーした現在、まだない。
「ま、あの人らしいけどさ……」
メールを送った、そして今日の待ち合わせの相手である啓介は、時間にルーズなところがあった。
拓海はもう慣れてしまった。それでも、正月くらいは守って欲しいと思う。
返信がないのは、きっと急いでこちらに向かっているからだろう。
元日の昼間、待ち合わせ場所に決めた公園には、拓海以外に人影はない。
白い息を吐きながら、拓海は啓介を待っていた。ふと見上げると、少し早い蝋梅が咲いている。
「あ、綺麗……」
思わず口に出してしまった。名前に偽りはなく、黄色い蝋でこしらえたような花が開いていた。彩りの少ない冬には、まぶしいほどの明るさだ。
その色が連想させる啓介。まだ来ない。花はもう咲いているのに。
正月過ぎたらここの花咲くんだぜ、と啓介が言っていたから待ち合わせをここにしたのに。
パーカーの左のポケットには、啓介あての年賀状があった。ポストに入れ損ねたのではなく、何を書いていいかわからなくて、後回しにしていた。
結局、出る前に慌てて書いた。
「早く来ないかな、啓介さん」
少し背伸びをして、蝋梅の花びらに鼻先を寄せた。
「こんなに待ってるのにさ……」
年賀状を書いていたら、出る時間を大幅にオーバーしてしまった。
「うっわ、やっべ……」
待ち合わせ場所の公園に続く坂道を全力疾走、啓介は手にした一枚の年賀状が折れ曲がらないか気にしていた。
拓海宛の年賀状、何を書こうか迷いに迷って、そうしたら遅刻してしまった。
「怒ってっかな、藤原……」
決まりきった挨拶でいいのか、それとも気の利いたことをと考えていたら、ちっとも筆が進まなかった。結局、出る前に慌てて書いた。
坂を上りきると、公園が見えた。
この時期には珍しい黄色い花が、もう咲いていた。その木の下、待ちくたびれた拓海がいた。
「遅すぎます! 正月くらい時間守ったらどうなんですか!」
あけましておめでとうございますでも、こんにちはでもなく。明らかに怒った声と顔に、啓介は拓海に年賀状を差し出して、顔の前で手を合わせた。
「ごめんっ、藤原!」
受け取った拓海の顔が、みるみる赤らんでいった。
綺麗な字ではないけれど、気持ちの籠もった言葉が、狭い紙面いっぱいに書かれていた。
「年賀状、書くのに手間取っちまって! ほんとはちゃんとポストに出そうと思ったんだけどさ!」
「こ・こんなの、郵便で出さないでくださいよっ! 郵便局の人に何事かと思われます!」
「だから、手渡ししたろ?」
「……まぁ……確かに……あ、オレもこれ……」
「なんだよー、お前も手渡しかよ」
照れ隠しに拓海が差し出したのは、文太が店用に印刷した藤原豆腐店の名入りの年賀状に、自分の名前と、今年もよろしくという一言を添えただけのもの。
「おまえ、これ店のじゃねーか」
「時間なかったんですよ、オレはアンタと違って社会人なんですから……」
照れ隠しの、半分は本当の言い訳をしながら、拓海はもらった年賀状をまた見た。
今年も大好きだぜ、と筆ペンで書かれた、綺麗な字ではないけれど、気持ちがいやというほど伝わってくる、啓介からの年賀状を。
(終)
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