彼シャツ日和。



  午前の仕事のひと段落を終えたのは正午5分前。
  我ながらいいタイミングだと呟きながら、文太は店の明かりを半分にし、レジを締めて居間に上がった。テレビをつけると天気予報が丁度始まり、今日も明日も晴天だと予報士が笑顔でお日様マークのボードを掲げる。
  「あ、そうだ」
  ちゃぶ台につこうとして、朝回した洗濯機の中身を干していないことに気づいた。今朝はいろいろと忙しく、そうする時間がなかった。折角の晴れなのに、勿体無いことだ。
  台所を通り抜け、洗面所に向かうととっくに仕事を終えた洗濯機のスイッチは勝手に切れていた。今日の洗濯物は実のところ、まだある。床に散らばったバスタオル数枚とシャツのたぐいが、入りきらなかった。
  一度目の洗濯物をかごに移し、二回目の洗濯物を放り込んでいく。
  洗濯物が多いのには理由がある。
  (派手にやらかしたな)
  苦笑しながら、まだべたつくバスタオルの三枚目を放り込んだ。
  夕べの名残……正確に言えば12時間前。二階の部屋ではなく居間で、涼介はひどく乱れた。
  夕食の後の他愛ない会話からなだれ込んだセックス、あっさりと終わるかと思ったら、セックスを期待していた涼介がよく解してきていて、深く繋がったからかもしれない。
  取り込んだままで畳まずに居間の隅に積んでいたバスタオルは涼介の白い飛沫の後始末のために汚れた。そのまま寝落ちた涼介は、今朝方飛び起き、慌ててシャワーを浴びて仕事に出かけていった。
  (まあ、若いってこったな)
  最後に拾い上げたのは、涼介のシャツだ。
  ボタンダウンのブルーのシャツ。皺よったそれは夕べ着ていたものだ。全て脱がずに抱かれたものだから、着て帰れぬほど自分の汗と、涎とに汚れた。
  捲りあげたままの袖を伸ばして、胸ポケットに何もないことを確認した。
  「それにしても……」
  手にしたシャツを眺め、文太はふと思った。
  「でけえな」
  背で言えば10センチ少々、ほとんど頭一つ分は涼介の方が高い。細い、と自他共に認める涼介だが、肩幅はそれなりにある。
  がっしりしているのは文太のほうだ。しかしやはり、背の分だけ服は涼介のほうが大きく、金持ちの息子らしくいい生地の服は触り心地がいい。
  「……」
  手にしたシャツを、何気なく羽織ってみた。
  別に他意はなかった。ただ、着てみたかっただけだ。
  通した袖から指先がちょこんと出るだけだ。全体的に、大きい。
  「……やっぱりでけえな」
  着丈も、普段文太が着ている服よりも長い。
  抱いてやっている時の涼介はあんなにはかなく、華奢に思えるのに。自分にすがり付いている時はとても小さく思えるのに、だ。
  本当は大柄で、少し線が細いだけなのだ。
  指先しか出ていない袖をしげしげと見ながら、文太は小さく息を付いた。
  いつも涼介が着ているシャツは、意識をしなくとも僅かに涼介の匂いがした。
 
 
  「……ナニやってんだ、オレはっ」
  そこでハッと気付いて、文太はシャツを脱いで洗濯機に放り込んだ。
  慌てて、放り込んだ。
 
 
  『本日は素晴らしいお洗濯日和です。お洗濯、まだ間に合いますよ!』居間のテレビから、気象予報士の元気な声が聞こえた。
 
  (終)





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