粘飼(ねばかい)
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飼っているのか、飼われているのか。
粘ついたそれは、飼われている振りをしながら、彼の性欲を明らかに自分のものにしていた。
粘飼、という古い、もう年寄りすら忘れているような言い伝えがあの山の辺りにあることなど、彼は知る由もない。
「あ、オレもう寝なきゃ……」
涼介との会話の途中、ふと顔を上げた啓介の目に飛び込んできた壁時計。
その針が指し示すのは、普段峠に行かない日の就寝時間をとっくに過ぎていた。
「なんだ、もうそんな時間か」
啓介と差し向かいで話をしていた涼介も時計を見た。
リビングの壁時計は深夜を指していた。
「明日は大学か? 啓介」
「うん。一限からあるから……」
あの教授出席厳しいからなー、と啓介は伸びをした。
「じゃあもう寝ないとな」
「アニキは?」
「おまえの相手をしていた時間だけ寝られないさ」
苦笑して、涼介はテーブルの隅に片した空のグラスを手に立ち上がると、そろそろ寝よう、と啓介を促した。
お互い自分の使ったグラスを洗い、リビングの明かりを消して夫々の部屋に戻った。
涼介の部屋からは早速、パソコンを立ち上げたファンの音がした。自分で言ったとおり、まだまだ眠らないのだろう。
「よくやるよなあ、アニキ……また徹夜じゃねえの? 倒れちまうぜ……」
部屋の明りをいったん灯し、啓介は隣の部屋の音に一人ごちた。
入り口に鍵をし、明りをギリギリまで……豆球くらいの暗さにまで落すと、啓介の足は散らかった部屋の片隅、雑誌が積みあがってタワーの様になっている辺りに向かった。そしてその辺りに散らばる、シャツや車の部品を探った。
「……あった……」
タオルの下から探り出してきたのは、手のひらサイズの木の箱だ。一見、お洒落な腕時計か何かの箱に見えなくもない。
それを手に、啓介はベッドに腰掛けた。
隣の部屋からは、涼介がどこかに電話をしている声が聞こえる。
「出てきていいぜ」
木箱の蓋を開けて、啓介はその中に向かって声をかけた。
すると。
呼応するように、木箱からは、グロテスクな、はっきりしない深い色の、そしてぬめって粘った「なにか生きているもの」が、蠢きながら這い出してきた。
「悪かったな、昨日はほっぽり出してて……」
まるで恐れる様子もなく、啓介はその粘った生き物が自分の腕に這い上がるのを嬉しそうに眺め、軽く謝った。
喋るでもない粘ったそれは、啓介の腕に粘液を足跡の様に残しながら、ゆっくりと這い上がっていく。
「へへ……」
よくある愛玩用の小動物にそうするように、啓介は「それ」を軽く掴み、今度は自分の太腿の上に置いた。「それ」は、啓介のジーンズにやはり粘液を残しながら、また上へ上へと這って行った。丁度、大人の男の拳くらいの大きさだろうか。
――それは啓介の「内緒」であった。小さな子供が、捨てられていた子犬や子猫にこっそりと餌をやるように、啓介はこの異形を自室に密かに飼っていた。
走りを始めた頃、赤城の山で見つけた生き物で……これがなんと言う生き物なのかは分からない。
いや、名前などはどうでもいいのだ。啓介にとっては。
「ぁっふ……」
薄闇に、押し殺した啓介の吐息が漏れる。
身動きをすれば、ベッドは僅かに軋んだ。仰臥している啓介は、シャツを捲り上げ、ジーンズを下着ごと膝まで下ろしていた。
そして裸の部分には、「それ」が、ぬらりぬらりと這い回っている。
まるで吸い付くようなその這い方が、啓介には確実に性的な刺激となっていた。
薄く筋肉のついた胸板に、「それ」が這う。乳首に吸い付かれたような感覚に、啓介は嫌々をするように首を左右に振った。
「ッく……ぅ……、あ……」
啓介の声は確実に、性的な刺激に翻弄される時のそれであった。
身体の中心、露出させたペニスは既にぴんと天を仰いで硬くなり、右手でそれを激しく擦っていた。
「あ、もっと、……もっ、と……してくれよぉ……ッ」
強請ると、まるで言葉を解しているのか、「それ」が啓介の乳首の上をまた這う。先程よりも強く吸われる感覚がし、啓介の身体が跳ねる。
「ううっ……たまんねぇよ……」
隣の部屋にいる涼介に聞こえてはいけないと、潜めた声ながらも啓介は確実に喘いでいた。息を荒げ、名も分からぬ異形の生き物を身体に這わせて性的な刺激を得ている……啓介の、誰にも「内緒」の秘め事だ。
啓介は左手で「それ」を掴んだ。軽く抵抗があり、「それ」が胸から離れる。先端から先走りを垂らす自身のペニスの先端に「それ」を宛がった。「それ」はペニスの先端にしがみつき、ゆっくりと竿の部分へと這い降りていく。
「ぁ、あ、そんな……!」
他人にフェラチオをされるのよりももっと強い、そして切ない刺激が啓介のペニスに齎された。
「それ」の先端が尿道から僅かに潜り込む。
啓介はひっ、と声を裏返させて、その快楽に意識を軽く飛ばしかけた。
最初に「それ」を見つけたのは先述の通り、啓介が走りを始めた頃だ。
その夜、啓介はレッドサンズのメンバーたちと走りこみをしていて、麓から頂上へと列を成していた。
が、用を足したくなり列を離れた。
FDを停め、繁みに入りペニスを露出させた時……すぐ傍の木にへばりついていた「それ」が、啓介のペニスに飛びついてきた。
突然張り付いてきた異形の物体に、啓介は驚いた――が、次の瞬間にはこの生き物が齎す快楽に、刺激に、あっけなく堕ちた。
『随分遅かったな、何処で用を足していたんだ』
先に集合場所で待っていた涼介たちに追いついて嫌味を言われ、頭を掻きながら啓介はうん、とかあの、とか適当に言い訳をした。
その頬が、目が妙に赤らんでいることに気付くものはいなかった。
背中に草が張り付いていることに気付いた史浩が『どうせどっかで居眠りしてたんだろ』と笑いながら背中の草を払ってはくれたのだが。
啓介のFDのナビの足元に、「それ」はその時既にいた。啓介によって捕獲され、ビニールの袋に入れられていた。
啓介は誰にも言わなかった。言ってはいけないことだと、本能的に自覚したのだ。
ついさっき、繁みで用を足していたらスライムのような妙な形のものが飛び掛ってきたことも、それを今車に入れていることも。
ましてや、その生き物がペニスに飛び掛ってきて、性的な快楽を齎して、失禁しながら何度も射精してしまったことなど――。
――やめてくれよっ、もう……やめてくれよ……ッ
あの夜、「それ」に襲われ、啓介は泣いた。
幾ら引っ張っても頑として離れようとしない「それ」は、啓介のペニスに性的な刺激を齎し、何度射精しようともまた高みに引き上げてくるのだ。
『いやだ、ぁ、も……離れろっ! この野郎っ!』
叫んでも山の中、誰も来てはくれない。
ペニスからやっと離れたと思ったら、今度はその奥――自分でさえ見たことのない場所を、「それ」は犯してきた。いともたやすく潜り込んできた。
『やめっ……いやだ、そんな……そんなところッ!』
そして啓介はやはり泣き叫びながらも「それ」に犯された。
尻の穴の奥深く潜り込んできた「それ」は、啓介に禁断の快楽を教えた。
誰も来てくれない森の中、啓介は見たこともない異形の生き物に襲われ、失禁しながら、尻の穴で感じ、遂には射精した。
それからだ。
この生き物を、啓介が「飼う」ようになったのは。
「あ……あ、すげ……」
四つんばいになり、尻を高く上げた啓介の穴へ、「それ」がひどくゆっくりと入り込んでいく。
そのたびに入り口の辺りが太くなったり細くなったり、自在に変える形が啓介にはたまらない刺激になった。
「や……もっと……早く……」
腰を左右に振ってみたが、「それ」は今夜はひどくゆっくりとしている。
そうすることで啓介が余計に乱れると知っているからだろうか。
堪らずにペニスを自分で扱く啓介は、もう今夜何度目かに射精をしようとしている。
散らかった枕元、丸めたティッシュが幾つも転がっている。
「んんっ……ん、――っ……は、はぁ……ッあ、」
こぷ、と音を立てて、「それ」は粘りながら啓介の奥へと納まった。
僅かに口を開けた尻の穴から、尾っぽのように一部分が外へと露出している。
「あ、」
啓介が喉を見せて仰け反った。
金髪は汗を掻いて、暗い部屋の中で光った。
「それ」が中で蠢きはじめると、なんとも形容しがたい、腹の底に響くような快楽の渦が、啓介を覆ってくる。
その異形の生き物がなんという名前なのか。
どうしてコンナコトをするのか。
人の言葉を解しているのか。いないのか。
啓介には分からない。分かろうとも思わない。ただ、この名も無き生き物が齎す快楽、それが啓介にとっての、密やかな楽しみであり、全てだった。
「ふ……ぁ、は……、や……あ、あっ……、イく……イっちまう……!」
今宵、何度目かの精液を啓介がしぶいた。
中を動き回る「それ」が、いい場所を掠めた。右手にくるんだペニスはびくびくと跳ね、先端から濃い精液を吐き出した。
啓介の絶頂に、「それ」のいる場所が締め付けられる。ゆっくりと、「それ」は外へと蠢きながら這い出てくる。
排泄にも似たその感覚に、啓介はまた引き上げられる。
「……まだ、出るなよっ……」
啓介は知らない。
粘飼、という、付近の年寄りすら忘れているような古い言い伝えがあの山の辺りにあることなど。
異形の生き物に性的に翻弄されて、終いには正体をなくして、自分もそうなってしまう昔話だ。
「あ、また、出るっ……」
這い出てきた「それ」が、またペニスにしがみ付いてきた。
啓介は涎を垂らし、涙を流しながら、白濁をびゅるびゅると飛ばした。射精しながら、さっきまで「それ」がいた尻の穴へ啓介が指を突っ込み、掻き混ぜる。
啓介のその顔は、ひどく淫らなものだった。
白濁に塗れ蠢いた「それ」が僅かに、人の顔が笑ったような形になったことなど、イき続ける啓介には分からぬことだった。
(終)
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