涼介からの、手紙



  その手紙は、走り書きという言葉がぴったりなほど乱雑な、読み取りにくい字だった。
日頃はまめで繊細な差出人らしからぬ、子供のような言葉は、文太の前での涼介そのままの姿だった。


前略
お父さんへ。
涼介です。突然手紙を出すので、驚いているのではないかと思います。
今、26日の午前1時です。夜勤の休憩時間です。
昨日の夕方、休憩時間にスマホがだめになって、夜に病院前の携帯ショップに持っていったら故障ということで、預けてきました。代替機を借りましたが使い勝手が悪くて、おまけに充電もないので、メールじゃなくて手紙を書くことにしました。ということで、メールをしても返信は遅いと思います。
一昨日、鞄の底から、80円切手が出てきたんです。(何処で貰ったのか自分で買ったのかは不明です)
休憩室にはちょうど封筒と、ボールペンと、事務用箋がありました。突然手紙を書いたのも、群大病院の封筒と事務用箋なのもそのせいです。驚かせてしまったらごめんなさい。
これが届くのは26日の夕方か27日の午前だと思います。28日までは、夜勤と、ほかの病院でのバイトとでそちらにいくことができません。28日の昼過ぎにいきます。お昼ご飯は食べずにいくつもりです。ご飯を一膳分、残しておいてくださるとうれしいです。あとは炒り豆腐も1パックお願いします。
走り書きですみません。カルテの字も悪筆だとよくナースに言われます。普段は兎も角、急ぐとこうなってしまう性分のようです。
お父さんに手紙を出すのは、思えば初めてではないでしょうか? 書き置きのたぐいは除いて。
早くお父さんに会いたくて、今も心がわくわくしています。
昨日の昼から病院に詰めていますが、ここ最近の寒さのせいか患者数は多いです。お父さんも風邪を引かないでくださいね?
この間も言ったかもしれませんが、最近群大の職員用の食堂で、定食によく豆腐がつきます(仕入れが変わったようです)。でも、お父さんのお豆腐とは比べるレベルではなくて、オレはいつも、一緒に食べる同僚や後輩にあげます。
昨日、「高橋先生はお豆腐好きじゃなかったんですか」と後輩に言われました。オレは、お父さんのお豆腐が好きなんです。あんな、味のしない、食感だけ豆腐のまがいもの(といってしまっていいのか悪いのか)を食べるのはどうにも気が進みません。早くお父さんに会って、お父さんのお豆腐を食べたいです。
冷蔵庫の奥にプリンがあったと思います。賞味期限はまだ大丈夫なので、28日に食べます。捨てないでくださいね。
疲れるといつも以上に甘いものが食べたくなります。売店でシュークリームを三つもかってしまいました。さっき食べてしまったところです。
でも、お父さんに呆れられながら食べた方がおいしいと気づきました。誰もなにも言わないのは、黙ってむしゃむしゃ食べるのはつまらないです。
この間オレが行った時にネットで注文した、お父さんのポロシャツ届きましたか? たぶん27日くらいに届くはずなのですが、今スマホがだめなんで確認できません。
届いていたらサイズの確認をして下さい。もしだめなら交換できますから、中に入っている納品書とか袋とか、捨てないでくださいね。 あの色、きっとお父さんに似合うと思いますから。
話は変わって、昨日の夜9時頃、おでん屋のおかみさんが来られました。お母様が入院なさっているそうです。
立ち話のついでに、今度の商店街の寄り合いの飲み会のことを聞きました。来月の6日だということなので、藤原豆腐店はお父さんとオレで出席を申し込んであります。飲み会の会場は、今回はおでん屋さんだそうです。時間はいつもと一緒です。
夜中でも病院は忙しいです。後15分で、休憩が終わります。早くお父さんに会いたいので、残りの仕事をがんばります。オレが行ないからって、お酒もたばこも飲みすぎないでくださいね。
それでは、大好きなお父さんへ。
28日は、いっぱい可愛がってくださいね。

涼介


悪筆と断ったが、我ながらひどい字だと涼介は自嘲した。ペンを置いて、書き上げた事務用箋を数枚、ぴっと契ると、用意してあった封筒に入れてテープで封をした。
(まだ間に合うかな……)
敷地内にポストがあったはずだ。今から行って休憩終了に間に合うか、と涼介は腕時計を見た。
「高橋先生、お先に失礼します」
休憩室のドアが開き、新人の看護師が顔をのぞかせてかわいらしい声で挨拶をした。
「あれ……今から帰るの?」
「ええ、今日はこの時間です」
「そうか……あ、君、悪いけどこれポストに入れてくれるかな」
ちょうどいいところにいい人間がいた、と涼介は手にした封筒を掲げて見せた。
「いいですよ。帰りにローソン寄りますから」
ポストがあるでしょう、と看護師は快く引き受けてくれ、手を出してきた。彼女の明るい色の髪が揺れた。
「大切な手紙なんですね」
「わかる?」
「ええ、先生の目、きらきらしていますから」
彼女に言われて、涼介はかあっと頬を赤くした。


封筒が文太の元に届いたのは、その日の夕暮れのことだった。群馬大学病院と書かれた厳しい、硬い封筒に、何事かと文太が驚いて開封して、そして。


「……いちいち手紙に書くほどのことかよ……」
走り書きの、いつでもいいような内容の手紙に、文太は笑った。
居間への上がり口に腰掛けた文太は、初めて涼介が寄越したその手紙に、何度も目を通した。

大好きなお父さんへ。

その言葉に、細い目をさらに細めた。
「……とっとときやがれってんだ」
呟くと、文太は店のカレンダーの、涼介が来るといった日と、次の月の六日にマルをつけた。

(終)





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