快楽の綱

目の前にぶら下がっている綱を、掴めそうで、掴めない。
そんな気分だった。

「っ、や、お尻、ちゃんと……し、て…っ、くださいっ」

震える声は暗闇に掻き消え、幾分も届かない。
その箇所の名前をきちんと口にできないのは偏に僅かに残った羞恥心からで、幾ら体を赦しあったとしても、最後の砦のように拓海の中に残っていた。
「ちゃんと言えよ、じゃないとしてやれないな」
それをわかっていて、涼介はわざとに意地悪くしてくる。そうすると拓海はもっとかわいい声を出して、乱れるからだ。
拓海の、尻の間の入り口辺りばかりをかまわれてちっとも奥に届かない涼介の、細めの指。
その感覚がじれったさばかりを生んで、快楽は意地悪な段階で足踏みをしている。
それはまるで、目の前にぶら下がっている綱を掴めそうなのに掴めないあの感じに似ている。
「でも……」
くちくちと、ローションで滑りがよくなった水音が拓海の声に重なった。挿入される指はひどく浅く、すぐに出ていく。感覚を楽しめる間は、ない。
沸騰直前の頭は言い訳を述べられるほどうまく回らない。
目の前に人参のようにぶら下がった快感という名の綱が、ほら、おいでと揺れている。
「藤原、」
涼介がわざと優しく呼んで、一瞬だけ奥にずぷりと突っ込んでまた引いてやると、拓海がひっ、と声を裏返らせて跳ねた。
「欲しいだろ、言えよ」
苛められて悶える拓海がかわいくて、ついそうしてしまう。
耳元で囁いて、冷たい耳朶を齧ってやると、涼介の指を飲み込む下の入り口がきゅっと締まる。その素直な反応がうれしい。
相手にいつまでもどこかでヴァージニティーのようなものを求めてしまうのは男の悪い性かもしれない。
「っ、ん、んんっ……涼介、さん」
縋ってくる拓海の手が、涼介の首に回される。
「言えよ、藤原。そしたら欲しいものを欲しいだけやるよ」
涼介も、もう限界に近い。
早く拓海をむちゃくちゃにしたいのだ。拓海が欲しがるよりも、沢山、与えたいのだ。
「あ、っ……あ、あ……」涼介の耳元に拓海が口を寄せ、たどたどしい言葉をつむいでいく。


オレの、――を。
涼介さんの。
――で。
思いっきり、苛めて欲しいんです。
――してください。オレの、――に。

たったそれだけを言うのに、拓海の中では随分な時間がたってしまった。

それでも。

「いいぜ、言えたご褒美だからな」
望まれたことは、涼介がしたかったこと。
入り口ばかりをかまっていた指の数を増やして、届く、最も奥まで一気に貫けば、拓海は啼きそうな声をあげて涼介にすがりつく。もっと、と言いながら。
そして今度は、涼介自身がそこにあてがわれる。
欲しかったものに貫かれる悦びに、拓海はただただ声をあげ、やっとつかめた綱を思い切り手繰り寄せ、噛み千切った。

(終)

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