予想上不意打未満

仕事は忙しいのが常で、暇という言葉は仕事とそれに関わる周りのことをしている最中、基本的には、ない。
一日の勤務を終えたと思ったら、付き合いだの研修だのが立て込んでいる。
生きている人間の、それも命を相手にするのだし、医学は日進月歩だからどれほど学んでも学び足りないのは当たり前だし、仕事につながることはどれひとつとしておろそかにはできない。
それでもほんの少しだけ、癒されたいと思う瞬間がある。
足りなくなったエネルギーを補給して欲しい、と思うときがある。
だからあれこれ苦心して、時間を作るのだ。

「すまないけど、時間ぎりぎりになりそうなんだ。悪い、遅れはしないよ。席取りよろしく」
手短に、後輩に研修にぎりぎりで到着することを携帯で告げると、後輩からは『了解です!』と元気のいい返事が返ってくる。
くすりと笑むと、涼介のFCは待避所からまた本線へと合流した。
本来の行き先とは逆方向だ。それでも、ほんの少しだけ癒されたいからぎりぎりの時間を承知で、あえて走っていた。

夕方までみっちりと働いた後だというのに、密度の濃そうな研修が待っている。医者というものはどうしてこうも忙しいのかと、時々うんざりしそうになる。
助手席に積んだ、研修資料に目を通す時間はなさそうだ。席取りを頼んだ後輩はきっと読んでいるだろうから、彼にかいつまんで聞こう。
それよりも、一瞬でもいいから会いたい。そして、癒されたいのだ。

予定時間より三分半早く、その場所に着いた。
店は閉まっていた。看板の明かりも消えていた。
居間の明かりはともっている。
いつもの駐車場には青い車がい、この店の主がいることを告げて居る。
その前にFCを停めると、当たり前のように裏口から入る。


裏口から上がって台所を通って居間に至ると、店を終えた主の文太は酒を飲んで、畳の上で大きないびきをかきながらひっくり返っている。
つけっぱなしになったテレビからは夜のニュースが流れている。
案の定のことに、涼介の口元が緩んだ。
大の字で寝る文太の傍に、涼介はそっと膝をついた。
そしていびきをかく顔を覗き込み、その上に影を作った。
「こんばんは、お父さん」
小さく、呟くように。
「明日、夕方には来ますね。お夕食、ご一緒できると思うんです」
赤ら顔に声を掛けても、寝ている文太は返事をいびきで返すだけだ。
それでも、涼介は続けた。
「明日はゆっくりできますから。明後日は昼からの勤務なんです。泊まれると思います」
明日のことを思い描くと、涼介の頬がぽっと赤くなる。
文太と一緒に飲みに行くのもいいかもしれない。いきつけの居酒屋で文太に酌をして、夜の温泉街を二人で歩いたら、きっと楽しいだろうから。
そしてそのあとは、家に戻って、朝まで文太に――可愛がってもらえれば――と、涼介の頭の中では、その後のことが浮かんでしまう。 「じゃあ、もう行きますから……」
酒臭い唇に、そっと自分の唇を押し当てて、名残を惜しむように涼介は体を起こした。
膝をついたまま後ろを向くと、ちゃぶ台の上に転がっている空のビール缶が目についた。
来たのだからせめてそれだけでも捨てようか、と手を伸ばしかけた時、涼介の腰が、掴まれた。
「あ、」
「何やってんだよ」
寝ていた筈の文太が起きたようだ。赤い顔の、細い目が開かれていた。
「お父さん」
「来たんなら来たって言え」
「すみません、すぐに出るつもりだったので……」
「また仕事か」
涼介の独り言が聞こえていたのか、それとも涼介がコートを着たままだからなのか、文太が問うた。
「ええ、そんなものです」
「そうか」
仰向けに寝たまま、文太は涼介の腰に片手を回していた。
「後、どの位時間あんだ」
「えっ……」
涼介は慌てて腕時計を見た。
「……5分、くらいですかね……いえ、10分かな……」
多めに見積もって10分だ。その場合、やや飛ばす運転をする羽目になりそうだが。
「10分な……ま、そんだけありゃ十分か」
文太はよっこらせ、と起き上がると、下を指した。
「涼介」
「はい、?」
「横になれよ」
「え、っ、」
横になれ、とはつまりは「そういう」意味だ。
「でも、」
「なんだ」
「時間が、」
「分かってる。まぁヌいてけよ」
「でも、お父さ、っ」
涼介が了承する前に、文太が押し倒した。あっさりと、コートを着たままの涼介は畳に押し倒され、仰臥した。
「だめですっ」
「何がダメなんだよ、勝手にキスしやがって」
「それは、だって……キスだけですし……オレ、この後研修があって、」
「分かってらぁ。なにも入れやしねぇ。後が大変だろうが」
文太が手際よく、スーツのスラックスの前を寛げる。
涼介のボクサーブリーフの前開きに手を入れ、突然のことに何の反応も示していない若い雄を取り出し、汗ばんだ手でくるみこんだ。
「お父さんっ、」
「じっとしてろ」
抗おうとする手をはねのけ、お父さん、と抗議する唇を酒臭い唇でふさぐ。
「ん、んんっ……!」
アルコールの唾液が涼介の口腔に流れ込み、同時に、文太がくるみこんだペニスが扱かれ始めた。
(あ、……ダメだ、すごい……!)
そこまでのことは期待していなかったのに、不意打ちで与えられた快楽はあまりにも素直に涼介の中を侵食していった。
涼介のことをよくわかっている文太の攻めは、限られた時間の中で涼介を的確に高めていった。
「ッ……っ、」
ゆっくりと扱きはじめ、時折陰嚢に、入り口に布越しに触れ、またペニスを逆手に握って苛める。
あっという間に涼介は引っ張りあげられる。
文太が与える快楽に、キスだけと思っていた心はあっさりと打ち砕かれる。
(お父さんっ……!)
涼介はいつしか自分から足を開き、腰をもぞもぞさせ、文太にしがみついて舌を絡ませていた。
文太の舌は涼介の口腔内をたっぷりと可愛がった。背筋を走るぞくぞくとした感覚に頭の中が沸騰しそうになり、涼介は目をぎゅっとつむる。
コートにしわがよるのも気にせず、涼介の脳は快感をむさぼった。

文太の手が一瞬離れ、シュッという音がした。

「ふ、ぁ」
「イっちまえ、ほら」
そろそろだと理解したのか、キスをやめた文太が促した。次の瞬間、鈴口に文太の親指の爪がくいっと突き立てられる。
「あ・あああっ……! い、ぁぁっ……はぁぁッ!」
そして亀頭の下のあたりをぐっと掴まれ、涼介は目を見開いてのけぞった。
文太がペニスに何かをかぶせたのと、涼介がのけぞりながら頂点に達したのはほとんど同時であった。

「あ、あ、ぁッ……!――」
足をだらしなく開いて、目を潤ませ、涼介は果てた。
その顔は、卑猥、というよりほかはなく、文太はそれを間近で見、ニンマリと赤い顔に笑みを浮かべた。

文太が被せたティッシュは、涼介の精を受け止めて濡れた。
「ぁ……あ、」
引かない余韻が、また低い山を勝手に駆け上る。涼介のペニスが残滓を吐き出した。
「溜まってんな」
文太は苦笑しながら残りを扱き出した。
涼介のまなじりには、涙がうっすらと浮かんでいた。

いつまでも余韻に浸っていたかったが、涼介ははっと目を見開いて飛び起きた。
「お、オレ……も、っ……行ってきますっ……!」
慌てて身支度を整えながら、恥ずかしそうに豆腐屋を飛び出していった。
「おう、気をつけろよ」
濡れたティッシュをゴミ箱に放り投げながら文太はのんきに送り出す声をかけた。
まだ心臓がどきどきしたままの涼介は、慌ててFCに乗り込んだ。
(お父さんっ……)
キスだけのつもりだったのに、癒されるだけだと思っていたのに、恥ずかしいくらいにイかされて、涼介は酔った文太と同じくらい、顔を真っ赤にしていた。
走り去るFCのエキゾーストを聞きながら、明日来たらまた可愛がってやるか、と文太は肩を揺らして笑った。
さっきよりももっと乱れさせてやりたい、と思った。
癒しを期待した刹那の時間は、予想以上にたっぷりと愛されて終わった。

(終)
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