滑稽な話

照りつける八月の日差しと、一斉に鳴く蝉の声。
 暦の上では幾ら秋でも、まだ真夏の真っ盛りだ。残暑とはとてもではないが言いがたい。
 暑い、だから仕方ない。
 タンクトップにハーフパンツ姿で、店の前に水を撒く、自分のもう一人の、否、若い頃の自分――『文太』に、文太は店の掃除をしながらしかめっ面をせざるを得なかった。
 いい若い男が暑いから薄着をする、別段とがめられる理由はないはずだ。常識的に考えれば。
 それでも、『文太』となると話は別になる。
 若い頃の自分のことは、文太自身が一番良く知っている。


「おい、ちゃんとした服着ろ」
 店のドアを開けて、ホースから撒く水で虹を作る『文太』に言うと、『文太』は振り返って「なんで」と聞き返してきた。
「暑いじゃねーか、いいだろ別にこの格好でも」
「客商売にその格好はねえよ。袖ついたもん着ろ。ひざは出すんじゃねえ」
「はっ、堅ぇこと言うなよ」
「うるせぇ。おっさんの言うことはちゃんと聞けってんだ」
「オレはあんたに命令される筋合いなんてないと思うんだけど」
「大いにある。今ここはオレんちだ。お前はあくまでもここの居候だ」
「はっ、よく言うぜ!」
文太の意見を鼻であしらう『文太』には、悪びれる様子はない。
 年は親子ほど離れてはいるが、同じ『藤原文太』だ。『文太』は文太の若い頃、だ。
同じ自分だからか、文太には忌憚のない、というよりは言いたいことを言ってくる。
「さっきの”あれ”のこと?」
 水の栓をきゅっとしめながら、『文太』が訊いた。
 そんな格好をするなと言われる筋合いはないと言ったが、思い当たる節はあったようで。
「わかってんならちゃんとしろ」
 こつんと軽い拳骨をくれると、文太は居間を指し、「洗濯取り込んでるから、乾いてる服どれでも着ろ」と『文太』を促した。
「へいへい……」
 店に入り、居間へと上がる線の細い後姿を見ながら、我ながら――と文太は小さく息を吐いた。

 扇情的だ。

 男のくせに。

 頼りなげな細い腰、筋肉質な割りにしゅっとした脚。やけに白い肌。
 あの頃はそうだった。幾ら食べても太れなくて、日に当たっても焼けなかった。
 今年をとって改めて俯瞰で見ればわかる、でもその当時は言われても自覚できなかったが、ああ、確かに、煽っている。無自覚のうちに。

「政志のことだろ?」
 居間から返事が投げかけられた。
 ついさっき、『文太』が水を撒こうと外に出たところに、集金のために来たのだが――当たり前だが、政志は『文太』を見て、驚いていた。
 文太が「遠縁の子だ」と説明すると納得したようだが、それにしても――とまじまじと『文太』を見て、そして、動揺していた。
「あいつ、オレでドーテー捨てたもんなぁ。すっかりこっぱげたおっさんになっちまって!」
 アハハ、と笑う『文太』はタンクトップを脱ぎ捨てた。なま白い肌にはうっすらと汗をかいていた。
 若い頃のひと時、文太は政志と、友人としての付き合いを超えた関係になったことがあった。
「そりゃ焦るだろ、昔抱いた男とそっくりのヤツが現れたら」
文太も居間に上がり、ちゃぶ台の近くに散らばった、取り込んだ洗濯物の中から『文太』に合いそうなものを見繕った。
「ま、がっついてたからな……ほら、コレ着ろ」
「うん」

 男でもいいから童貞を捨てたい、と政志に頼み込まれて抱かれたことを思いだした。
 いや、本当は、それ以上にあの頃の自分が、他の男を煽って、誘っていたのだろうと――今なら、わかる。
 その証拠に、政志はやけにがっついていたし、一度や二度ではなかった。熱っぽい眼差しで腋がエロいな、と、言われた意味も、そこに政志のペニスを挟まされた理由もよくわからなかった。
 今なら、分かる。
「じろじろ見んなよ」
「あぁ?」
 別に見たつもりはないのに、『文太』はTシャツを着ながら文太を睨んだ。
「見てねえよ」
「うそつけよおっさん、見てただろ」
「見てねえよ、自分の身体なんて見たって面白くも……」「したい?」
 なんともない。
 文太が自分で否定する前に、被せる様に『文太』が訊いた。
「したいんだろ?」
シャツを手に、華奢ななま白い身体をさらけだしたまま。
「だったら、どうなんだよ」
言い返してしまった。

 滑稽だ。
 自分で、若い頃の自分を抱くだとか。
「何だよ。政志の顔見て思いついたのかよ」
 気づけば、文太は『文太』のシャツを取り上げていた。

 背格好は変わらない。ただ、肉付きは19の若者と44の中年では明らかに違う。
『文太』は畳に簡単に横たえることが出来るほど軽い。
 あの頃、抱かれたのは政志に限らない。
 峠で早かったから言い寄ってくる女もいっぱい抱いたが、それと同じくらい、男にも抱かれた。
 気持ちよければどちらでも、といういい加減な気持ちで。
よく悪い病気を貰わなかったものだ。
「っ、……ぁっ、は、」
無理やり押し倒して、下着の中に潜んでいる雄を逆手に掴みあげてこすり上げれば、19歳の自分が、喘ぐ。
それは本当に滑稽だ。
「いいだろ? お前、逆手でするの好きだもんな」
文太は『文太』を見下ろし、嘲笑った。
自分のことは自分が一番よく分かる。
そうだ、だから、一番いい方法をとってやった。
「意地悪過ぎるぜっ、」
細い目で睨まれて。
意地悪、に含まれた意味は、他人には分からないだろうが、文太には分かる。
「ああ、意地悪だな」
逆手で強めにこすりながら、もう一方の手は奥へと。
 あの頃。
 峠で、誰かの車の中で、散々男たちに抱かれた身体は、素直に与えられる刺激を快楽と受け止めるようになっていた。
だから、結構だれかれかまわずに脚を開いていた。
今の拓海と同じように。
「う、っ、あ、……っ、ああっ、」
苦しそうに眉根を寄せ、『文太』の指が文太の肩に食い込む。
「我慢すんなよ、イっちまえ」
薄い尻の肉を掻き分け、蕾まず口を開いている孔へと指をねじ込む。
いっそう苦しげな声が漏れ、孔は指を容易く飲み込む。
そのダブスタときたら。
ぐっと奥まで突っ込むと、文太が握りこんでいる『文太』の雄の先端からぽろぽろと涙があふれた。
「男のくせにナカで感じてんじゃねぇよこのド淫乱が」
あの頃、さんざん言われた台詞を今になって自分に浴びせている。
「あ゛、ああああっ……!」
泣きそうな声を上げ、『文太』は思い切りのけぞり、文太の指を後孔でキュッと締め付けながら、文太に扱かれて白濁をしぶいた。

ああ、とても滑稽だ。

自分の腹を自分で汚した『文太』は目じりに涙を浮かべ、荒い、浅い呼吸を繰り返す。
「ばっかじゃねえの、おっさん……」
睨まれ、そんな悪態をつかれたって、痛くもかゆくもない。
なぜなら相手は『自分』だからだ。
「そういう言い方しか出来ねえうちは青いんだよ」

自分のあの頃の青さは、馬鹿さ加減は自分が一番よく分かっている。
だから滑稽なのだ。
あの頃の自分を、今になって、抱いているだなんて。
「後ろ向けよ。ケツ開け。挿れてやるから……」
薄い身体を裏返すと、文太は自分のジーンズのジッパーに手を掛けた。

(終)

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