引っ越し

外階段、と言えば聞こえは良いが、古びて半分朽ちている。よく見ればところどころで向こうの景色が見えていた。
それをカンカンと音を立てて上りきると、不釣合いなくらい新しい扉がある。その向こうが、『文太』の新しい住まいになる。

おー、すっげー綺麗じゃん!」
古い工場が外見で、だがしかし扉を開けると別世界だ。
真新しいフローリング張りのワンフロアが広がり、『文太』は歓声をあげた。
ここは政志の工場の三階だ。先年亡くなった政志の婆さんが、遊ばせておくのはもったいないから貸家にすればいい、と倉庫だったこの三階を改装していたのだ。中身は綺麗だけれど、下が自動車工場、おまけに外からの見てくれが良くないこともあって、借りるのは『文太』が初めてだった。
「汚すんじゃねぇぞ、ほら上がれ」
後ろから文太にせっつかれ、狭い玄関で『文太』は靴を脱いだ。上がり框が以外に低く、あやうく土足のままフローリングに踏み出すところだった。
必要な家電と家具はテレビと冷蔵庫にベッドにソファにテーブルと、一通りは文太が昨日のうちに手配をしてそろえていた。といっても、降って沸いてきたようなこの分身のために使えるカネなどあまりあるわけもなく、リサイクルショップで値切ってきたものばかりで、色も大きさもちぐはぐだった。
そのあたりは文太から『文太』に吶吶と説いたから、文句は言わせない。
「すっげー、お前んちより広くね? これ」
『文太』の悪気のない言葉に、文太は舌打ちした。
「うるせー」
「拓海の部屋の三倍くらいあるぜ! うはっ!」
嬉しそうに、『文太』はベッドにダイブした。
「こら、ガキみてえなことするんじゃねえ」
文太はベッドに腰掛けた。
「バイトはちゃんと行けよ。サボったら承知しねえからな」
「わかってる」
働かざるもの食うべからずというわけで、『文太』は祐一の店でバイトできることになった。
それも、文太のおかげだ。
「バイト代はオレが管理する」
「ええっ、オレにくれねえの?」
「お前じゃ無駄遣いしちまうし、第一通帳も作れねぇんだよ」
そう、この世界に本来いない『文太』には、身分を証明するものは何一つとしてない。
だから、借りられるのもこんな、文太の伝手を頼るしかないし、バイトもそうだ。
お金のこともまた然り、だ。
「サボったら祐一から連絡来るからな」
「サボらねえよ」
「それと無免許だからなお前は。車は運転するな」
「えー……つまんねぇの」
「夜の峠以外では、な」
仰向けにひっくりかえり、『文太』は「あーでもここ最高」と両腕を天井に向かって伸ばした。
確かに、狭い藤原豆腐店よりは断然、ここでのひとり暮らしがいいに決まっている。
拓海に気を使うこともない。
「女連れ込むなよ」
「分かってる。あ、この辺りってスーパーある?」
「ある。さっき通ったコンビニを左に曲がると肉屋とスーパーがある」
「わかった。あとで行ってくる……なあ、」

「……何だよ」
一瞬の間があった。

『文太』の手が、文太の服の裾を掴んで揺すった。

文太が『文太』を見ると、いたずらっ子のような顔をした自分の分身が、細い目で見上げている。
「おっさん、もう帰るんだろ? だったらその前に、シようぜ」

誘いの言葉はいつだって、色気もそっけもない。
「政志が、」
下の工場で作業をしている。後であがっていくからと言っていた。
来るかもしれないけれど――誘われた瞬間、スイッチが入った。
そうしたらもう、止まれない。

文太は『文太』に覆い被さり、生意気を叩く口をキスで塞いだ。
「……っ、」
「タバコ勝手に吸うんじゃねえよ」
キスの味はタバコ臭かった。『文太』は文太のタバコをすぐに拝借する。
「けちくせぇ」
「今は高級品なんだよ、タバコは……」
昔と違ってな、と言いながら、文太は分身の服を剥いていく。
抱かれるつもりだから素直に脱がされ、昨夜の痕を残す肌があらわになっていく。
「別々に暮らしたら、溜まったときどうすんの?」
トランクスを脱がされながら『文太』が訊ねる。
「そんときゃここに来る」
文太はトランクスの下で屹立する若い雄をきゅっと握りこんだ。
「ぁあ、っ、」
すぐにこすられ、『文太』が色のついた声を出す。
「なぁっ、キス……」
ねだられ、文太はもう一度キスをくれてやる。『文太』はキスが好きだ。
『文太』が文太の頭を抱きしめ、腰をくねらせ、もっと、と要求する。
下では工具の音が、エンジンの音が、政志が若い整備士をしかる声が聞こえている。暫くは上がってこない、だろう。
「うっ、ふ……」
文太の指が若い蕾に侵入した。締め付けの強いそこは、堪らなくいやらしい。
「ナカで出すと後が大変だからな……口で、飲めよ」
言い聞かせると、『文太』がこくんと頷く。
「だったらやってやるよ」
「あ・ああぁっ……!」
年季の入った文太自身が、『文太』に侵入する。
カーテンのついていない窓から、夕焼けが差し込む。
窓枠の形に、十字架の影を、ベッドの上の二人に落しながら。
「ぶんたっ、ぶんた……っ、もっと、」
『文太』は突かれながらも求め、乱れた。
「ああ、分かってるからじっとしてろ……おっさんになると要求どおりいかねえんだよ」
浅いところで律動を繰り返しながら、文太は苦笑する。

なかなか消えようとしない分身のために、こんな家まで借りてやって。
職まで探してやって。
まったく、どういうことなのか。
神様というものがいるのなら問い詰めたいところだと、昨夜文太はこの家の家賃のために下ろしてきたカネを数え、すっかり寂しくなった通帳の残高に肩を落とした。
いったい、なんの意味があって、と…。
それでも、この存在に求められれば応じてしまうのは悲しい男の性だろう。
「っ、次に来る時……っは、」
「あぁ?」
「コンドーム……持って来いよっ……」
「ああ、そうだな……ほら、口開けろ」
「あ、が…あっ」
開かせた『文太』の口に、抜いた分身を宛がうと、白濁をその中に。
こんな時だけ『いい子』だから、『文太』はそれをおとなしく飲み干す。
そして文太の竿を、舐めて、綺麗にする。
「コンドームと……ローションだな」
つぶやきながら、文太は『文太』の口の端についた白濁を指ですくった。
下で政志が『三階にいってくらぁ』とかみさんに言っているのが聞こえた。
「おい、来るぞ」
「うっそ、マジかよ……」
余韻など何もない。
二人は慌てて服を着た。

(終)

home