お持ち帰りの方がいい日もある

週末の、夜の繁華街は賑わしい。
呼び込みの若い店員は声を張り上げ、あちこちから笑い声が聞こえてくる。
客待ちのタクシーが早くも列を成し、チェーン店の居酒屋には団体客がぞろぞろと入っていくのが見える。
そういえば忘年会シーズンだったなと、人いきれの中で文太は気づいた。
「ほら、やっぱり一杯ですよ」
隣を歩く涼介が、白い息を吐きながら指差したのは目当ての焼鳥屋だ。
店の前に行列が出来ている。
「何だよ、これじゃ入れねえじゃねえか……」
ちっ、と舌打ちをし、文太は不満を露にした。
ボリュームが売りで、文太の豆腐も卸している焼鳥屋だ。肉厚の骨付き鶏が一押しで、久しぶりに食べたいと思って出てきたのだが。
「そうですね混んでますね……オレ、ちょっと聞いてきますね」
涼介が駆けて、行列の客にメニューを配っている店員に話しかけた。
(……なかなかうまいことは行かねぇもんだな……)
ありがたい事に、ここ最近ずっと豆腐屋が忙しく、まともに飲みに行けていなかった。
涼介も病院が忙しかった――尤もこれはいつものことなのだが。
お互いの予定が久しぶりに丁度空いていたからわざわざ歩いてでてきたのだが。
店員と会話を交わしていた涼介が頭を下げて駆けて戻ってきた。
「やっぱり、二時間待ちみたいです。でも、持ち帰りならすぐ出来るみたいです」
「……困ったな」
「他の店にしますか? 居酒屋なら何件かこの辺りに覚えはありますけど」涼介が申し出た。
迷ったが、今日の目当てはあくまでもあそこの骨付きだ ったのだ。
「……今日はあそこの骨付きが食いたかったんだよ……仕方ないな、持ち帰りにするか」
「――はい!」
顎を撫でながら言った文太に、涼介の返事がやけに嬉しそうに聞こえたのは文太の気のせいではないだろう。
店での飲食待ちの行列の横を通り抜け、入り口脇にある持ち帰り用の窓口で注文をする。
小窓の上から伸びる煙突からは煙と共に甘辛く美味しそうな匂いが漂い、空腹には堪える。
「ああ、藤原さん!」
小窓の向こうで手際よく焼鳥を焼いている大将が文太に気づいて破顔一笑、枯れた声で文太を呼んだ。
「おう、儲かってんじゃねえか、大将」
「いやぁ、お宅の厚揚げの御蔭だよ」
「はは……そりゃ有難い」
ここには豆腐だけでなく厚揚げも卸している。厚揚げ を丸ごと一枚バターで焼いたステーキも骨付きと同じくらいの人気メニューらしい。
「持ち帰り、頼めるかな。骨付きのタレと、焼鳥の塩とハツと……」
涼介と食べる二人分を文太が注文してる隣で、涼介の頬が少しだけ赤らんでいることに、文太は気づかなかった。


温かい包みを抱えて、元来た道を戻る。
「そういやビール、無かったな」
家飲みをするつもりはなかったから、買い置きを切らしていた。
「じゃあ帰りにドラッグストア寄りましょうか」
「……何でドラッグストアなんだよ」 涼介の提案に、文太が疑問を呈した。
「最近、うちに来てるナースに教えてもらったんですけど、スーパーよりドラッグストアの方がビールが安いらしいんです」
「ほぉ、」
「それに……」
続く言葉を濁して、涼介は俯いた。

「……ああ、アレも切らしてんだったな」

察してやると、恥ずかしそうにうなずいた。

ローションと、コンドーム。この間切らせてしまったところだ。

だからドラッグストアだなんて言い出したのかと、持ち帰りにすると決めたとたん嬉しそうな顔をしたのかと、漸く合点がいった。
「……帰ったら飲む前に風呂だな」
「そう、ですね」
耳元で囁いてやると、ネオン街の向こうに、目当てのドラッグストアが見えてきた。
飲んだ後のことに思いを馳せる涼介は相変わらず頬を赤くしていて、文太は「そんな顔で店入るんじゃねえよ。待ってろよ」と自分の包みを涼介に押し付けると 「買ってくるから前で待ってろ」と駆け出した。
(終)
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