(side:京一)
付き合い始めて日はまだ浅い。
相手のことで最初に知ったのは、乗っている車とその走り。
その次に声を。身体を。
ぼんやりしている見た目に反して、ベッドの上では積極的だとか。入り口の上の辺りが好きで、中指で擦ってやればすぐにイくとか。
最後に名前と、住んでいる所を。
だから未だに相手のことははっきり知らない。



「あ、」
背中合わせでまどろんでいると、藤原が小さく叫んだ。
「どうした」
一気に醒め、振り返らずに訊くと、「もう帰んないと……」と後ろにいた藤原は身体を起こす。背中合わせの熱が遠ざかり布団が捲くられ、冷気が入り込んできた。
「いっけねぇ、ゆっくりしすぎちゃった」
「明日も配達なのか?」
首だけ振り仰ぐと、ベッド脇に立つ、ブラジャーを着けようとしている綺麗な背中が見えた。
「早出です。配達とそんなに時間は変わらないんで……」
「そうか」
「帰ってソッコー寝なきゃ」
入社一年目で遅刻は出来ないだろう、それもこういう理由での寝坊など尚更だ。
今から群馬に車を飛ばして戻って、どれほど眠れるだろうか。壁の時計へと視線を滑らせ、計算してみた。
三時間がいいところか。
まぁ、今さっきまで小一時間はうとうとしていたから、それも含めれば四時間か。
しかし車を運転して帰った後ではすぐには眠れないんじゃないだろうか。少なくともオレは眠れないたちだ。峠から戻ってすぐに眠れた試しはない。
「ここから直で出勤しちまえよ。その方が早いだろ。車通勤なんだろ? 制服は家か?」
思いついたことを口にすれば、藤原は「車通勤だし制服は会社ですけど、それは駄目です」とオレの方に振り返った。
「どうしてだ」
「……けじめみたいなものですよ」
「けじめ?」
「そう」
胸を張って頷くと、茶色い髪が揺れた。



分からない処だらけだ。コイツは。
さっきは自分から脚を、花弁を開いてねだって、散々卑猥な言葉を口にしたくせに。
たわわな胸を揺らして潮を噴き上げていたくせに。男の部屋から直接仕事場に行くのに、今更何のためらいがあるのか。
大き目のTシャツを着、ぼさぼさの髪を整えた藤原は枕元の財布とハチロクのキーを掴もうとする。
その手首を、捉えた。
「京一さん、」
「帰るなよ」
「あ、っ」
ぐっと力を込めると、背がちょっとくらい高くともたかが小娘、あっさりと引き寄せて腕の中。
組み敷く体勢になって、そのポテッとした唇に吸い付いてやる。
「……ふ、……んっ……」
抗議のつもりか藤原の拳が強くオレの胸板を叩くが、そんなものはちっとも効かない。



知らないことは罪だ。
恋愛は知り合うことの応酬だ。
だから、もっと知りたい。
この女を。



今しがた着たばかりのTシャツを捲り上げ、ブラを外すとたわわな果実はぷるんと弾ける。
「んぁっ、」
さっきそうされて悦んでいたから、反芻するように両手で両胸を捏ねるように揉み、いやらしい身体の割りにうぶな形と色ですました顔をする突起を指の股に挟んでやった。
「あぁぁっ……! きょ、いち、」
切なくなる、と藤原が表現する、やるせないような痺れに、ふだんはぼんやりとしているその顔に明らかな悦楽の色が下りてくる。帰ると言っていたのに、いつの間にかオレの頭を腕に抱き、脚を腰に絡めている。
ギャップ、それは男にとって何より堪らない。淑女がベッドの上では淫らなのが一番いいのだろうが、ぼんやりしている女がいやらしいのも同じくらいいいものだ。
「ん、やぁぁっ……、いいっ……」
嫌なのかいいのか、曖昧な言葉は男を煽る。



わかっていてやっている。コイツは。わかっている。
知りたい。
この女を、もっと、知りたい。

口を割らせたい。
知りたい。



ジーンズのジッパーを下ろすと自分から腰を浮かせてきた。
あっさりと脱がせ、下着の隙間から肉茎を捻じ込んでやった。少し乾いているかと思ったら、胸をさんざ弄ったせいで、そこはじっとりと潤んでつんといやらしい匂いをさせていやがった。
「いやらしい、な……」
息を詰めて、一気に奥まで突き上げてやると、さっきと同じように藤原はいい声を出した。
「ひっ、あぁぁっ――!!」
淫らな顔に相応しい肉の花弁は絡み付いて歓喜に蠢く。
オレにしがみ付く腕には力がこもる。
「ぁ、ああ――っ、おっき……ッ、おっきぃ……!」
涎を垂らし律動に合わせて身体を揺らし、腰に絡める脚の力は強く、口からはペニスの主への素直で嬉しい感想が。
全く、いい女だ。コイツは。
「ああ、大きいだろう? 好きなだけやる……だから、朝まで居ろ……」
ぐに、と最奥にこすり付けるような動きをしてやると、藤原はヒッと叫んでコクコクと頷いた。
その頬は紅を差したように火照り、まなじりからは生理現象なのか光るものが横に流れる。

もっと知りたい。
教えてくれるか、藤原。
お前の身体を――オレに。

子宮が下がってきたのがわかった。奥が開く。妊孕を前提にした女の身体の生理。
「ああ……イきそう……ね、イきそう……っ」
潤んだ目で訴えられなくてもわかる。イけよ、と赦してやると、イく、と藤原はその動詞をうわごとの様に何度も繰り返す。


ハチロクのキーがベッドから落ちた。軽い金属音。
一際甲高い声をあげ、藤原の中と腕と脚がオレを締め付け、今日何度目かの頂点を極める。二瞬ほど遅れてオレも達し、ぽっかりと口をあけた藤原の奥へと精液が迸る。
きょう、いち、さん、とイきながら苦しそうな声でオレを呼ぶ、それはわざとなのか本気なのか。



「……どうして帰りたかったんだ」
結局帰宅して一眠りするには遅すぎる時間になり、藤原はオレの家から直接出勤することになった。
不機嫌そうに肩口に預けられた茶色い髪を撫でながら訊いてやると、口を尖らせ「言いません」と返事はつれなかった。
「言わないなら、言わせたくなるもんだ」
「どうぞ……言わせられるものなら」
「言ったな、」
生意気な言葉に不埒な手を裸の腰に這わせると、「スケベ」と睨まれ叩かれた。が、「そっちじゃなくてこっち」と、脚の間の、まだ露に濡れた繁みへと誘導され、オレは「どっちがスケベだ」と笑って、露草の間の淫らな新芽を探して摘まんだ。
「あんっ、」
随分とかわいらしい声で、自然と笑みが零れる。そんな声を出されては、眠りにはまだ時間が掛かりそうだ。



帰りたいといった理由は家庭的な理由というより、多分、そういうことなのだろう。
オレを煽るため。
コイツは随分な小悪魔だから。それが何よりの根拠だ。


小悪魔の手口





(終)





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