遅すぎた本物
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(side:松本)
坂の下の、観光客向けらしいコインパーキングに愛車を停めた。
イグニッションを切り、懐から出した煙草を一吸い。
銘柄が同じだったのは偶然だ。
あちらの方がヘビースモーカだ。金持ちの癖にタバコをしょっちゅう切らしては、人のケースに平気で手を伸ばす。
ダッシュボードを開け、偶然の相手がいつだったかくれた、愛用のフレグランスのテスターを探す。細いアトマイザーを探り当て、匂いを確かめ、何度か吹き付ける。全身、くまなく。
香水だとかの類は苦手だというオレに、これはいい匂いだから試しに使ってみろよ、と無理やり押しつけてきたものだ。
まさか役に立つ日が来るとは。
偶然が重なり、知らずに笑みが浮かぶ。
相手がよくしているような服装で来た。さらりとした肌触りのTシャツとダメージジーンズ。
なだらかな坂道の商店街は、どこか郷愁を誘う佇まいだ。深夜ということもあって人気はない。どこの店もシャッターをおろし、皆夢の中だ。
「ここだ……」
他の店と同じように明かりを消し、シャッターを下ろした、何度も来たことのある一軒の古い豆腐屋の前に立つ。シャッターと庇看板のすぐ上、通りに面した二階の部屋の明かりも消えている。薄いカーテンがガラス越しに見える。その色と柄が、部屋の主が男ではなく女だと言外に伝えている。
ここは何度も来たことのある店だった。
正当な理由で。
ハチロクを預かったり、届けたりするという理由で。
中に入ったことはなかった。大抵は店の隣の狭い駐車場で藤原と話し、オヤジさんに売れ残りだけれど、と豆腐を貰って帰るだけで、この二階建ての中がどうなっているかは知らない。
昼間、ファミレスで昼食をかねた打ち合わせをしていた時に、全ては始まった。
ファミレスの大型テレビは昼のニュースを放送していた。
外国人窃盗団が東京の閑静な住宅街に連続して出没しているというニュースだった。
「うちもセコム入ろうかって、オヤジが言っててさぁ」
史浩さんの家は、啓介さんの家ほどではないものの、富裕な部類だ。
「セコムとかフツー入ってね?」
裕福な啓介さんの、悪気のない一言に、「ないない」と全員が手を顔の前で振る。
「うちは店だけは入ってますけど、居宅部分は入ってませんよ」
とオレが苦笑しながら言うと、
「啓介、お前んちのレベルで物事をはかるなよ」
史浩さんが笑いながら啓介さんの頭をぺしぺしと叩いた。
「痛ぇなぁ。史浩んちだって、金の延べ棒とかオヤジさんの金庫に入ってんだろ?」
「んなもん銀行に預けてるに決まってるだろ。金庫には大したもん入ってないよ」
「金の延べ棒って、マジっすか!」
ケンタが金の延べ棒という言葉に食いついて立ち上がる。
「すっげー、マンガみてー!」
「だから、オヤジの持ち物だからオレは見たことないんだって。触ると減るし」
啓介さんに言う割に、史浩さんだって同類だ。ふ、と笑ってコーヒーを啜り、しんがりの涼介さんの到着を待つ間の、雑談は続いた。
「セコムどころか、うちなんて勝手口の鍵壊れてますよ」
藤原が言った一言。
「……お前それ、フツーにあぶねーぞ?」
ケンタが立ち上がったまま、藤原を見る。
「直さねぇの?」
「……うちのオヤジ、ケチなんで」
「そーゆー問題じゃねえだろ」
「店の方は鍵も掛けてシャッターも閉めるんですけど」
「店だけじゃだめだろ、勝手口開いてんなら泥棒入り放題じゃねえか」
「まぁ、確かにそうなんですけど」
ケンタの尤もな意見に、藤原は汗をかいたグラスの水滴を指でなぞった。
その指がきれいだ、と思った。
「うちには盗るものなんてありませんし……貧乏だし」
「泥棒より、襲われる心配をしろよ」
オレはコーヒーをひと啜りして言った。ごく当たり前のこととして。
「そうだぞ、藤原。お前年頃の娘さんなんだから」
史浩さんがオレに同調した。
「大丈夫ですよ、オレ、ださいジャージ着て寝てますし……色気ないし」
そのとき。
藤原の目は、
見ていた。
オレの隣にいた、偶然の相手を。
シェイクのグラスに挿した太いストローをくわえたまま、襲われたりしないでしょ、なんて言って。
オレの隣にいる、このタバコとフレグランスの偶然の相手を見ていたあの目。
あの目は訊いていた。
偶然の相手もまた、藤原を見ていた。
他の誰も気付かなかっただろうが、オレはそれに気付いていた。
丁度FCのエキゾーストが聞こえ、涼介さんの到着を知らせた。
セキュリティ話はそこまでだった。しかし充分だった――色々と。
店の隣の狭い空き地で、ハチロクとインプレッサは寄り添うように眠っていた。裏手に回ると、確かに勝手口らしき古いアルミサッシのドアがあった。
そっと、手を添えてドアノブを回す。
簡単に開いた。
ギ、とドアを開くと、その向こうには闇の中に佇む藤原の家があった。
明かりが消されていてひっそりと静まり返り、豆と油の匂いがした。
狭いたたきにはサンダルが一足。片方がひっくり返っていた。後ろ手にドアを閉め、ふと気になって……鍵を確認した。
「なるほど、」
予想通りだ。ふ、と口端を上げた。
靴を脱いで上がる。明かりをつけるような無粋な真似はしない。カレーの匂いのする台所。シンクには、かわいらしいマグカップがひとつ置かれていた。古びた暖簾をくぐると、明かりを豆球だけにした、あまり広くない居間がすぐそこにあった。
藤原が、いた。
パジャマ姿で、小さなちゃぶ台に突っ伏して眠っていた。藤原くらいの歳の女の子が読むようなファッション誌を広げて。チョコレートの小さな空き箱が、畳の上に転がっていた。
その後に回り、膝をついて項に鼻を寄せる。女の匂いがした。
立ち上がって、携帯で時間を確認し、照明の紐を引っ張り豆球を消した。
たちまち、闇になる。
すぐ足下に居る藤原さえ、闇に溶けて見えなくなる。
室内を見回すが、今自分が入って来た場所も分からなくなる。
が、それも長くは続かない。
目は闇に慣れる。だんだんと、ぼんやりながらも闇に溶けていたなにもかもが浮かび上がってくる。再び携帯を取り出し、時間を確かめる。
闇に目が慣れる時間――オレがここで自由に出来る時間だ。
(意外と短いな……)思ったよりは短かった。となれば、さっさとしてしまうに限る。
再び跪き、藤原の耳元に顔を寄せ、そして。
「――藤原、」
掠めるような声で囁いた。
ある意味、賭だった。
同じタバコの匂い。
同じフレグランス。
闇の、中。
藤原は……勘違いしてくれるだろうか。
「……すけ、さ……ん?」
眠そうな声が空気を震わせ、長いまつげが僅かに揺れた。
ちりばめられたいろんなデータを拾い上げれば、今夜のことは簡単に割り出せた。
ジャージで寝ますと言ってたのに、どうして今の藤原は前あきのパジャマを着ているのか、とか。
昼間にあんな話をしたのに、無用心に居間で転寝をしているのか、とか。
あの鍵は壊れてはいなかった――とか。
オレは藤原に後ろから抱きついた。
「け、すけさ……」
藤原は拒まなかった。その口からは、偶然の相手――藤原が昼間、目で誘っていた相手の名が零れた。
ああ、そうだ。
オレは、”啓介さん”だ――偽者の、啓介さんだ。
藤原を畳に転がし、覆い被さった。唇を合わせるのと、藤原がオレの頭を抱き寄せたのはほぼ同時だった。
「んふ……ッ、」
流したタバコの味のする唾液を、藤原は飲み込んだ。啓介さんと同じ、タバコの味。
貪る口付けを交わす。深く、交わす。
「よかった……来てくれたんですね。啓介さんの匂いがする」
嬉しそうに、藤原はオレの頭をかき抱いたまま言った。オレは耳元で、ああ、とやはり声にならないほど僅かに囁く。計画は成功のようだ。
「真っ暗で何も見えませんよ、啓介さん……」
ね、豆球だけでも、と乞う藤原に、この方が興奮するだろと、囁いた。この程度の声なら、人を特定するには至らない。
「……わかりました」
藤原は頷いた。
寝起きの藤原の目は、まだ闇には慣れていない。
闇の中。
藤原は、オレを”啓介さん”だと勘違いしている。
パジャマのボタンをプツプツとはずしていくと、白い肌が現れた。たわわに実った乳房は、待たされ天辺を堅くしていた。
ああ……見たかった、触れたかったものだ。歓喜が湧き上がる。
それが目の目にある。出来れば明るい照明の下で見たかったが、そうも言ってはいられない。
Tシャツを脱ぐと、藤原の顔の、目から上を隠すようにする。そして、乳房の片方にむしゃぶりついた。
「あぁっ……、ん、あっ、」
堅い赤い実を吸い、舌で転がすと、藤原が小声で喘いだ。
初めてではないようだが、経験は少ないようだ。ぎこちないし、乳房もまだ男慣れしていない。
「け、す……さ……気持ちいいっ、」
もう片方は乱暴に掴み、揉みしだいた。
「ぁあ、っ、」
もっと堪能したかったが、そうも行かない。パジャマの下衣を下着と同時に下ろし、脚を抜き部屋の隅に放り投げる。
脚を開かせると、薄い恥毛に覆われた、藤原の”女”の部分があった。濃厚な匂いがする――ずっと待っていて、今夜の行為を妄想して蜜を垂らしていたのだろうか――闇の中、花弁を両手で開き、親指の腹でくにっと持ち上げれば、簡単に顔を覗かせる熟れた色の実。掠めるように舌先で意地悪く嘗めると、濃い女の味がした。
「ひゃ、ぁっ」
腰が跳ね、藤原の声が裏返る。
そこを最初は舌先でちろちろと、次は舌の腹を使いねっとりと舐めてやる。
藤原のここがどんな味が、ずっと想像していた。それは名前と同じく、海のような味だ。
美味しいよ、藤原。とっても……いやらしくて、美味しい。牝の味だ。
くぱ、と口を開く小さな、しかし淫らな入り口に舌先を捻じ込む。
「んんんっ……!」
閉じようとする脚を開かせるのに力を込める。
「や、だ、そんなとこ……はずかし、……汚いですっ……!」
ああ、やっぱり経験は少ないんだ、と分かった。初めてではないようだけれど……。
藤原が啓介さんと身体をどれだけ重ねたことがあるかは知らないが、多分こんなことはしたことがないんだろう。
ぷっくりと勃ちあがった熟れた色の実を軽く吸うと、「あ゛、っ」と腹の底からの声で藤原が感じた。
口元を拭い、そろそろかと身体を起こす。ずれそうになっている、藤原の目を隠すオレのTシャツを引き下げる。
「啓介さ……」
片脚を肩に担ぎ上げると、藤原の声が怯えを含んだ。ジーンズから引っ張り出したオレはもう、待ち草臥れていつでも出せそうだ。
こうしたかった。
ずっと前から、藤原と、こうしたかった。
だけどそれを誘う隙が無かった。
藤原にはいつも鍵が掛かっていた。
今日はその鍵が開いていたんだ。
だからオレは入った。
他人の振りをして……。
先端を淫らな入り口に宛がい、一気にぐっと押し入る。
「あああ――!!」
藤原の声が裏返り、かなり大きな声がした。二階からかすかに聞こえる鼾は親父さんのものだろう。起きてしまう、と思い、オレは藤原の唇を唇で塞いだ。
「んんんっ……!!」
細い腰が逃れようとする。男との経験はやはり少ないようだ。腰を掴み引き寄せ、遠慮なく突き上げる。中はきつめで、こなれていない。
初めてではなかったのが少し残念だが。
絡みつくというより拒みに近い内壁。まだ、自分のいいところも何も分かっちゃいない様だ。
快楽より異物感と痛みが大きいようで、さっきのクンニリングスまでとは違い、オレと必死にキスをし、しがみ付いて堪えている。
まぁ、いいさ……その内、じっくりと教え込むつもりだから。
偶然の相手から、きちんと奪って、それから。
今夜はそのための、第一歩だ。
グラインドを大きくし、最後にうっ、と小さく呻いて藤原の最奥に吐き出した。
フゥ、と息をついて身体を離すと、……藤原は失墜していた。
「……よかったぞ、藤原」
脚の間からオレの欲望を零す、ぐったりとした裸の藤原を抱きしめ、愛しそうにほお擦りをした。
「次はオレの名前を……呼んでくれよ」
いや、呼ぶようにさせてみせる。
あられもない格好の藤原をそのままに、オレは身形を整え、戦利品を一つ貰い、入って来た勝手口から出て行った。
パーキングに戻り、愛車のシートでタバコに火をつけ、深く吸い込んだ。
セックスの後の一服は最高に美味い。前から狙いをつけていた女を抱いた今夜の味は、格別だ。
喉奥に残る藤原の愛液の味と混ざり、一層濃く感じられる。
「……ふ、」
ジーンズのポケットから、戦利品を出した。
藤原が穿いていたショーツだ。白と水色の横縞。大事な部分がじっとりと濡れていた。
コレは後で……また家に帰って楽しむ時に使うとしよう。軽く匂いをかぎ、ポケットにしまう。
キーを差し込む寸前、ルームミラーに赤い光が映る。
振り向くと、咥え煙草の啓介さんが、坂道を登っていくのが見えた。
「……遅いんですよ。啓介さん」
クルマのことなら絶対に言えない台詞を呟いて。
オレはふっと笑った。
この後、5分後か10分後か……啓介さんもオレと同じように勝手口からあの家に入るだろう。そして目にするだろう。
自分ではない男に抱かれた、藤原を。
あの二人がどうなるか、この目で見られないのが残念だ。
偽者は退散するとしよう。
この後は、遅すぎた本物の出番だ。
(終)
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カウンター4545・あき様リク
『松本×にょ拓海、拓海の寝込みを襲う松本さん、裏あり、変態ちっくに』
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