ならばどうする高橋啓介

1

 深夜の赤城山に、特徴のあるエキゾーストが鳴り響く。山道を縫う様に走るハチロクのヘッドライトが、次第とこちらへ近づいてくる。
「……藤原はいいタイムだな」
 ハチロクがゴール地点を通過するのと同時に手にしているストップウォッチを押し、アニキは満足そうな顔をした。その隣で、順番を待つオレはストップウォッチを見るまでもなく頷いた。
 まだ肌寒い、4月の初め。
 アニキ率いる県外遠征チーム・プロジェクトDは始動した。二戦やって二勝。今日は三戦目に向けての最終チェック。
 フツー、走り屋のチームってのは全員で走るモンなんだろうけど、このチームはそうじゃなかった。オレと藤原がそれぞれヒルクライムとダウンヒルを担当して走り、後の全員はサポートに回る。バトルの相手はインターネットで募集、結果は全て公開する。
 まさに、バトルのためだけのチーム。峠の走り屋というより、プロのレーシングチームに近い構えかもしれない。
 一年という期間限定のこのチームでの活動は、プロを目指すオレと藤原には、絶好の場所だ。この一年で思いっきり成長して、峠を極め、プロへの足がかりにしたいところだ。
「すみません、涼介さん。オレのタイムどうでした?」
 オレとアニキの目の前を一度通り過ぎたハチロクが戻ってきて、ウインドウを下げ藤原が顔を出して訊ねる。
「ああ、いいタイムだったぜ。想定プラス3秒、合格の範囲内だ。あと二本この調子で走ってくれ。それでタイムが落ちなければ、このセッティングで行こう」
 ストップウォッチをひらひらさせるアニキに、藤原はホッとした表情を見せた。
「分かりました」
 その顔に、アニキの隣に立つオレの心臓が、ドキンと高鳴る。


――あ、やべ……また、だ。


 少し前から自覚し始めた、藤原に対する想い。
 藤原と話すとき、ちょっと緊張するオレがいる。藤原が何かすると、目で追うオレがいる。
 ――出会ったばかりの去年の夏頃、藤原はオレの中では嫌いなヤツナンバーワンだったし、すげえムカつくヤツだった。ボーっとしててその癖すんげえ速い。なのに走りにはどこか冷めているところがあって、そういうところが嫌いだった――が、今じゃ真逆。こうして藤原の顔を見ると、オレの心臓はいつもヤバいことになっていた。
「啓介さん、走らないんですか?」
「オレ? 今宮口がタイヤ換えてんだよ。それ終わったら走るよ。お前先に二本済ませちまえ」
「わかりました、じゃあ」
 藤原は小さく笑ってステアを切り、来た道を戻っていった。
 出会った頃のオレと藤原は敵同士だった。だから笑顔なんて見たこと無かった。
 最近は……プロDに入ってからのアイツは、オレらには無防備に笑顔を見せるようになった。


 ――可愛いよな。

 ハチロクのテールランプを見送るオレは、そんなことを心の中で呟いた。



 夜更けまで赤城で走り、結局解散したのは朝という方が正解な時間だった。藤原は帰ってすぐに豆腐の配達があるからと言っていた。別れ際、
「おやすみなさい、啓介さん」
と、最近良く見せてくれるようになった笑顔でオレに挨拶をし、ハチロクに乗って帰って行った。
「……ああ。おやすみ」
 返したオレの声は、ちょっとぎこちなかった。



「……なんかガキみてぇだったなオレ……」
 空が白み始めた時間、家に戻って自分の部屋のベッドにダイブ。枕に顔を埋めて、藤原と別れ際の自分のぎこちなさに今更赤面する。
 アニキは史浩ん家に泊まった。なんか打ち合わせするからとか言ってた。
「……可愛いよな、アイツ……」
 ぽつりと一人ごちて、別れ際の藤原の顔を思い出す。おやすみなさい、啓介さん。そんな当たり前の台詞でオレをこんなにどぎまぎさせられるのは、世界中でアイツただ一人だ。
「……おやすみなさい、だってよ!」
 その笑顔を、声を反芻してくぅーっ、とか変な声出して……オレって変? 分かってる。そんなこと位。
 自覚し始めた想い。それは自分の中でどんどん膨らんでいって、オレは目下、その想いと相対し、一つの結論を出していた。
 
 オレは――藤原が、好きだ。この「好き」は、恋愛感情の「好き」だ。
 オレもアイツも、男だけど。

 プロDが終わったら、駄目元でもいいしキモイって言われても嫌われてもいい……アイツにこの想いを伝えよう。


 そう思っていた。

 なのに。


(続)
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