ならばどうする高橋啓介

『ハローハロー。どうでしたぁ? 言ったとおりでしょ?』
 陽気な天使はその日の夢に、また現れた。テンションは前も高かったけど、今日はやたらと上機嫌だ。
「……ああ……お前の言ったとおりだな……」
『でしょでしょ?』
 天使は手帳っぽいものを開くと、『今回のはポイント高いんですよねー』となにやらペンで丸を付けていた。
『いやー、いろいろ綻びを修正するのに時間が掛かりましたけど、その分ポイント高いですからねぇコレは。人が死ぬのを回避って、結構難易度高いんですよ。殺すのは簡単なんですけどねぇ』
「…………」
 政治家のニュースが頭に浮かんだ。天使の癖に碌でもない連中だ。願いとあらばそれもやっちまうってのかよ……。
「――な。綻びって、ナニ?」
 綻び、という言葉が少し引っかかった。
『綻びって言うのはですね……。本来藤原拓海が事故で死んでいたら、それで出会う人同士とか、それでまた起こる大小のイベントとか、そういうのがありますよね。
 たとえば警察の人と、藤原拓海の父親が出会ったりしますよね。裁判ってイベントが起こると、そこで見知らぬ人同士が出会ったりしますよね。でも藤原拓海が死ななかったことによって、出会うべきはずの人たちが出会わなかったりイベントが起こらなかったりするワケです。そうすると人生のつじつまって言うんですかね、そういうのが合わなくなるんです。それが綻び。
 その辺をかっちりと修正するのが大変なんですねー』
「……ふぅん」
 天使の事情なんざ知るものか。とにかく、藤原は死ななかった……本当ならいつもなら、あの時間あの場所にいたのに、偶然≠「なかったことによって……。
『じゃあ、いい加減信じてくれますね? コレが本当の事だって』
 天使のくせに冷たい笑みを浮かべ、オレを指さしてきやがる。
「……ああ。わかってらぁ」
 睨みつけ、今更な念押しにわずかな反抗の返事。
『じゃあ最終確認。アナタは藤原拓海への思いを……知られてはいけない。伝えてもいけない……ね?』
「バレたら、藤原は死ぬんだろ?」
『そう』
「……死ななかったら……アイツはどうなる? 長生きは出来るんだろ?」
『そうですねぇ。あの子はそれなりに夢も叶えられそうだと思いますけど? 多分、終生アナタのいいライバルとしてレースの世界で君臨しそうですね。ま、藤原拓海にこれから起こるイベントとかそういうのは天帝……所謂神様って言うか、ワタクシの上司がお決めになることですから推測ですけど。通常、これで延命になった人間って、基本は幸せな一生を終えられますから。アナタが想いを伝えたり知られない限りはね』
 じゃないと誰かの何かと引き替えに延命した値打ちがないでしょ、と天使は笑い、腕時計を気にすると、もう時間だと言った。
『じゃあまたそのうち会いましょうね、高橋啓介。一年くらいはアナタの動向を見守るのにちょこちょこ夢に出ますから。シーユー十八センチやや左曲がりっ』
「ひき殺すぞてめぇ!」
『ワタクシ日産派なんでー』
   ムカつく台詞を残し天使は手をにぎにぎしながら、ゆっくりと消えていった。


 オレの夢も、ゆっくりと覚醒していった。
 目覚めたら、またオレの部屋だった。


 ――耐久レースが始まるんだ。
 身体を起こし、掌を見れば契約の証の羽根の痣は昨日よりもくっきりとあった。あの天使の言うことを信じるより他はなかった。天使の言ったとおり政治家は死んだ。藤原は死を回避した。これは、疑う余地のない事実だ……。

「クソッ……」
 唇をぎゅっと噛んだ。
 伝えない。気づかれてはいけない。藤原本人だけじゃない。誰にも、だ……。
 あくまでもプロDのダブルエースとして、オレは振る舞うしかない。藤原とは親しくなりすぎてはいけない。突き放すくらいの気持ちでいなきゃいけない……。だってそうだ。この想いに気づかれて藤原が死んだら元も子もない。オレは藤原が好きだ。大好きだ。
 だからこそ、アイツには生きていて欲しいと思ったんだ。生きて、アイツの夢を叶えて欲しいから――そう、言い聞かせた。

 オレの生涯耐久レースは始まった。

(続)

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