”V” Night(後編)
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Virgin
Vagina
Venus
Voice
……Victory
夢を見た。
波打ち際にいる夢。
青空の下、寄せては返す温んだ白波に、足を浸している。
心地良い白波だ。
潮の匂いがする。
離れがたい、懐かしい香り。
「……ん…っ…」
夢が曖昧になり、眠りの世界にあった涼介の意識はゆっくりと浮上していった。
視界はぼんやりと霞がかったものになり、湿るように現実が混ざっていく。
「……うん、……茂木の分もあるんだぜ。……ホントだってば」
拓海の声が、遠くに聞こえた。
(藤原……?)
自分は眠っていて、そしてたった今起きたのだ――と理解した涼介は、重い瞼をなんとか開き、その声の主がいる場所を探した。
身体は重く、まだ自由には動かない。
(ここは……)
拓海の姿を探しながら、彼はまず自分のいる場所に驚いた。
涼介が寝かされているのは広いベッドだった。シーツの糊が矢鱈と利きすぎて、頬が痛い。
暖色のライト、窓は締め切られている。壁には大きな壁掛けのテレビがあり、部屋の隅にはあからさまな位ガラス張りのバスルームが見える。
使った後なのかガラスが濡れて曇っていて石鹸のにおいが漂っていた……と、ここまでくれば経験のない涼介でも、眠りから醒めたばかりの頭でも分かる。
ラブホテルだ。
ベッドの隣の広いソファで、拓海は涼介の携帯で茂木と話していた。
バスルームを使ったのは拓海らしい。白いバスタオルを身体に巻いている裸足の爪先が涼介の目に入った。
「”アダム”のなんて、半年待ちとか当たり前なんだろ? 凄いよな、涼介さん」
(藤原……お前……)
涼介はまだ曖昧さの残る意識の中、記憶を手繰り寄せた。
拓海との食事中、ゼミの友人からの電話があり、席を外した。
通話を終えて席に戻ったら、シャンパンが置かれており、それを口にしたら味がおかしいと思った。
グラスの底に粉状のものが溶け切らずに残っていた。
それに気付いた時には既に遅く、涼介はそのまま意識を失い……今に至るのだ。
(薬か……)
あの沈殿物が薬だという推理は容易に立てられた。そしてそれをシャンパンに混ぜた犯人も。
壁掛けの時計に目をやると、あれからたっぷり二時間は経っていた。
(――しかし、どうやってここへ……)
涼介が意識を失ったのはレストランだった筈だ。
(そうだ……)
不意に思い出したのは、店に来る道中の会話。
『この車って、運転しにくいんですか?』
『……まぁ、運転しやすいとは言わないな。啓介のFDもそうだけど、扱いづらいじゃじゃ馬だよ』
『へぇ』
何気ないあの会話の後、拓海は店に着くまでじっと涼介のステア操作や足使いを見ていた。
走りの参考にしようと見ているのだと思ったが、そうではなかった。
(――オレのFCか……)
「四分の三? そんなの守れるわけないし……オレが大雑把なのは茂木が一番知ってるだろ?」
拓海の口から、また”四分の三”と、――夕方拓海を迎えに行った時、茂木との会話で出てきた言葉が。
「え? ”D”ってそんなヤバイの? ……一回くらいなら平気なんだろ? うん……そう。ニ、三口だし……」
(……よりによって”D”か……)
涼介にはやっと分かった。あの沈殿物は恐らく、”D”という、最近若者の間で流行っている薬だ。
医師の処方が必要な薬で、正式な名前は別にある。”D”はあくまでもスラング。激しい眠気を誘う薬。
処方無しに素人が使う場合は数回までなら依存性はないとされている。が、ハマれば末路は違法薬物と同じものだ。
四分の三、というのはひと包みの四分の三という意味だったのだろう。
「あ……――起きた」
涼介をちら、と見た拓海が、シェルを耳に当てたままあ……という顔をした。
拓海はベッドの上で首だけをこちらに向け、虚ろな眼差しで自分を見る涼介に小さく微笑んだ。
「じゃ、また明日……うん、おやすみ茂木……」
漸く通話を終えた拓海はシェルを畳んでガラステーブルに置いた。
「涼介さん、すみません携帯借りました。オレ、持ってないんで……」
謝ってソファから立ち上がると、涼介の横たわるベッドに勢いよく膝を突いた。スプリングが軋み、沈んだ。
「ふ、じわら……お前、」
そう言った涼介の声が掠れていた。激しく喉が渇いている。あの”D”のせいだろうか……。
拓海は、涼介の上に影を作った。
タオルに半分隠れたたわたな二つの膨らみが、涼介の顔のすぐ前に迫った。
「藤原、お前ッ……こんなこと……!」
掠れる声で、涼介は叫んだ。
しかし身体はまだ自由にはならない。金縛りのようだ。”D”は聞いた話以上に強いものらしい。
口にしたシャンパンは、ほんの三口くらいだったのに、二時間以上も眠ってまだ体が動かないのだ。
シャンパンに”D”を混ぜ、涼介に飲ませて眠らせ、FCでここまで連れて来た――犯人は、目の前にいる拓海だ。
「何でって、そんなの……」
拓海の唇が、笑みの形に弧を描く。存外に長い指を身体に巻いたバスタオルに掛けた。
衣ずれの音がして……涼介の目の前に現れた。
「あ……ッ、……ふじわら……」
セーターの下に隠されていた拓海の、大きく形のいい二つの胸が。
いつだったか美術館で見た、宗教画のヴィーナスを思い出した……たわわで白く、透き通るような豊穣の証の胸。
拓海の胸の先端には、小さな桃色がつん、と偉そうに尖っていた。
「気持ちいいことをしたいからに、決まってます」
拓海の声は、いつもとは違っていた。艶めかしく、色を纏い、……扇情的だった。
「あ・ァア……ッ!」
涼介は喉を見せてのけぞった。食いしばった歯の間から漏れた声は裏返り、悲鳴に近かった。
「ぅっ……く、……っ……!」
服はあっという間に拓海によって寛げられた。下着から引きずり出された涼介自身を、拓海の唇が躊躇いもなく咥えた。
口腔の熱いぬめりに包まれ、喉奥できつく吸い上げられた。
自分でするオナニーとは明らかに違う感覚は未知の快楽。
「うあ……ぁあああっ……!」
あっという間に涼介は達し、拓海の喉奥に精を迸らせた。拓海は喉を鳴らしてそれを飲み干し、残滓を吸い上げた。
「ん……涼介さん、……」
ハヤいのはクルマだけで充分ですから、と拓海は笑った。口の端に白いものを付けて。
「すっごい濃い……溜まってました?」
「あ……違う……ッ、」
言葉では否定したが、拓海の言うとおりだった。県外遠征チームの段取りと大学で、何日も性処理をしていなかった。
「まだ元気そうですね……涼介さんの年なら当たり前か」
拓海が笑う。あれだけで収まるわけはなく、涼介自身は再度天を仰いだ。
「ふじわら……ッ、頼む、頼むからもう……!」
やめてくれ、と涼介は哀願したが、拓海はそれを無視した。
「じゃ、次はこっちです」
「やめろっ……! やめないか、藤原ッ!」
その涼介自身の上に、拓海がゆっくりと身を下ろしていく。
髪と同じ色の恥毛が守る、拓海の体の中心が、涼介自身を飲み込んでいった。
「駄目だ、藤原、駄目だ……――ッ、ぁ――!!」
涼介は必死に掠れた声で叫んだ。身体はまだ動かない。
抵抗は虚しかった。
「ああああ……――ッ!」
きつい締め付けと、熱が涼介自身を包みこんだ。
先ほどの口よりもまだ熱く、絡みついてくる。
「ん……ッ、すっご……おっきぃ……涼介さん」
自身の体重を借りて涼介を迎え入れた拓海は、恍惚の表情を浮かべ、背中を反らした。
「あ……入った……」
――涼介は童貞を失った。
コンコン、とガラスを叩く音で、涼介は目を覚ました。
「――ぁ……?」
ゆっくりと瞼を開くと、……そこはFCの中、運転席だった。ステアに凭れかかり、涼介は眠っていたようだ。
(オレは……藤原は?)
慌てて拓海を探したが、その姿はもう何処にもなかった。寛げられていた衣服も、きちんと整えられている。
窓の外を見ると、すっかり朝になっている。
FCの窓ガラスを叩いたのは高橋家に通う家政婦で、コート姿の彼女は心配そうな表情でFCの中を覗き込んでいた。
「涼介さん、どうなさったんですかこんなところで……」
涼介のFCは、高橋家近くの公園の駐車場に停まっていた。
家政婦は涼介の家に行く途中、涼介のFCを見つけたのだという。
「畜生ッ!!!」
腹立ち紛れに壁に投げつけたクッションが、ドスッと音を立てた。
「……クソッ……なんてことだ……ッ!」
涼介は自室に戻るなりクッションに八つ当たりし、頭を抱え、蹲った。
昨夜の一連の出来事は、涼介にとっては想定外、いやそれ以上のことだった。
拓海を県外遠征チームに誘う筈が、まさか一服盛られて童貞を奪われる羽目に陥ろうとは。
自分より5つも年下の、何も知らなさそうな女子高生に。
悪い夢だと思いたかった。
しかし、涼介の財布に残されていたレストランとラブホテルの領収証、そして記憶と身体の奥底に残る感触は何よりの証拠だ。
(藤原拓海、何てヤツだ……!)
性のことなど微塵も興味がなさそうな顔をしながら、拓海はとんだ阿婆擦れだった。
思い出せば、拓海は涼介のモノを躊躇いもなく咥え、跨り、自分で腰を振って何度もイった。
そのたびに涼介自身はきつく締め付けられ、拓海の中に射精した。
涼介がやめろと叫んでいたのは最初の二回くらいまでで、後はもう快楽に流されてしまい、されるがままだった。
射精しても射精しても涼介自身は萎えることはなかった――一体、何回イったことか。
それだけではなかった。
拓海はあの豊かな胸を涼介の顔に押し付けてきた。
涼介は無我夢中で赤ん坊の様に乳首を吸い、動かぬ手に触れさせられた乳房の感触に蕩けた。
(オレともあろうものが、何てざまだ……!)
”D”には誘淫効果はなかった筈だ……となると、あれは拓海のテクニックだったのか。それとも、初めての経験に涼介の身体が興奮し、留まる所を知らなかったが故のことか……恐らくは両方だろう。
――最初から最後まで、全て拓海のペースだった。主導権を握られ、涼介はいいようにされて流されただけだ。
それは涼介にとって、恥ずべきことでもあった。赤城の白い彗星ともあろうものが、たかが小娘一人に手玉に取られてしまったのだ。
(あ……)
蹲ったまま、涼介は気付いた。
――昨夜の一連を思い出したせいだろう、下半身が形を変えている。
(畜生ッ……! あんなこと……!)
悔しさに唇を噛みながらも欲求には勝てるわけもなく。
「ふじわ……らぁっ……!」
昨夜の甘美な思い出を糧に、涼介は何度も自慰をした。
自室のベッドで、拓海の名を呼びながら自身を扱いた。閉じた瞼の裏に浮かんだのは、拓海の淫らな姿だった。
数日後の夕方、事態は思わぬ方向へと進展した。
「アニキ、藤原と遠征チームのこと、話したのか?」
夕食前、涼介が自室で机に向かっていると、ノックも無しに啓介が入ってきた。
「ん? ……ああ、まぁな……」
涼介から啓介に話した記憶はない。啓介は恐らく史浩に聞いたのだろう。仕事の忙しい史浩からはあの後、どうなったのかと訊ねる連絡はない。
「プロDのもう一人のエースは藤原かぁ……ふーん」
ジャージ姿の啓介はいつもそうするように、涼介のベッドにどすんと行儀悪く腰掛けた。
「お前も史浩と同じか? 藤原じゃ余り気乗りはしないのか?」
何か含みのある啓介の言い方に、涼介は小さく笑った。
「あ、いや……そういうんじゃないけどさ……それよか藤原、何て?」
「ん……?」
拓海のリアクションは、と問われ、涼介は返答を考えた。
「……考えておく、とだけ……」
曖昧な返答でとどめた。
「ふぅん」
キーボードに置いた手をぼんやりと眺めたまま、涼介は拓海との甘美な時間を頭の中で反芻した。
あれから何度、拓海との時間を思い出して自慰に耽っただろう。
涼介の上で揺れる拓海の恍惚とした顔が、柔らかな胸の感触が、甘酸っぱい匂いが、涼介さんと呼ぶ声が……涼介の脳裏に、鼻腔に、掌に、耳の奥に再生される。
(……いかんな、こんな時に)
後ろに弟の啓介がいるというのに、涼介の股間がわずかに形を変え始めた。
「あのさー、アニキ」
「何だ」
後ろで啓介がベッドに座り直す音がした。
「……どうせバレるから先に言うけどよ、……オレ、藤原と寝たんだ」
啓介の言葉に、キーを叩いていた涼介の手が止まった。
「何だって?」
聞き直した自分の声が震えていることに、涼介は二度驚いた。
「え、だから……言ったままだよ。オレ、藤原とセックスしたんだけど……」
セックスという単語に、涼介の心臓が跳ねた。
涼介と違い、啓介は女性との経験は豊富だった。
「……藤原と、か……?」
「うん」
涼介は椅子ごと後ろを向いた。鼓動がバクバクと速くなっている。
務めて明るく振舞おうと……経験豊富を装おうと無理に顔を作った。
「……何時、だ?」
涼介は自然を装い、椅子から立ち上がり啓介の隣に座った。
「えっと……先月かな。街で偶然会ってさ、なんか話弾んで、その勢いで……」
「そ……うか」
カーゴパンツを履いた長い足をぶらぶらさせながら、啓介は経緯を説明した。
「大学のツレんちが渋川でさ、遊んだ帰りにコンビニ寄ったらアイツが丁度一人で出るとこでさ。色々立ち話しして……それで雪崩れ込んだ感じで……」
「……」
「あっちもなんか初めてじゃなさそうだったしさ、まぁいいかなって……藤原がプロDに参加するってわかってたらちょっとは自制もしたんだけどさ。知らなかったし」
「……そうか、いや……先月ならまだ藤原の名前は挙がっていなかったな……」
涼介は平静を装ったが、心中穏やかではなかった。
(藤原は啓介と……)
ベッドカバーの上の啓介の手を見た。
(啓介はこの手で、藤原を……)
あの豊かな乳房を、この弟の手が好きにしたというのか。
「アイツさ、史浩とも寝てんだぜ」
「……――!」
『あの子は涼介の手に余る存在だ』
史浩の言葉が蘇った。
(そういう訳だったのか……)
史浩は拓海と寝た。
だからこそ、拓海は涼介には扱いづらい女だと言うことを把握したのだ。
「史浩ってああ見えて結構遊んでんじゃん、やっぱオレと同じなりゆきみてーだぜ? やだなぁオレ、史浩と穴兄弟とかさー」
人の良さそうな顔をして、史浩はそれなりに女性とは遊んでいた。
「あの手のタイプは男駄目にする女だよなー。ま、アニキはああいうタイプ大嫌いだろうから大丈夫だろうけどさ! もっとこう、女っぽいのがいいもんな!」
涼介が拓海と寝たことも、ましてやそれまで童貞だったことも知らない啓介が笑ったが、涼介には啓介の言葉は耳に入っていなかった。
「……この間は、どうも」
ベースボールジャンパーの襟元を握り、拓海は微笑んだ。
「ああ……」
その日の夜遅く、バイト帰りの拓海をスタンド裏で待ちかまえていたのは……涼介だった。
「ご飯、とても美味しかったです。あんなご馳走食べたの初めてでした。アダムのお菓子、茂木も喜んでくれたしオレも初めて食べられて……」
拓海は目の前に立つ涼介に、この間の礼を述べた。
「それだけか?」
涼介は拓海の言葉を遮った。
「……それだけか? 藤原」
重ねて訊ねられ、分かっていながら拓海は「何がですか?」と小首を傾げた。
「お前と、セックスしたい」
涼介の単刀直入すぎる誘いに、拓海は「えっち」と笑った。
答えを聞かず、涼介は拓海の腕を引っ張り、FCのナビに押し込んだ。
あの日とは違うホテルに、拓海と涼介は入った。
ベッドの脇で、涼介は拓海の前に跪いた。目の前で一枚、一枚と衣服を脱いでいく彼女を、瞬きもせず息をするのも忘れ、口をぽかんと開けて見上げていた。
床にはジャンパーが、トレーナーが、キャミソールが落ちている。
ローズピンクのレーシーなブラを外すと、ぷるんと弾ける、たわわな胸が露わになった。その先端には、つんと偉そうな尖りが。
「あ……っ、」
涼介は手をおずおずと伸ばし、その胸に触れようとした。
「ダメです」
拓海の手が、それを制した。
「ま・だ……」
意地の悪い笑みを浮かべ、涼介の手首を掴む。
上をすべて脱ぎ、括れた腰にかかるジーパンのベルトを外した。
ゆっくりと脱ぐと、すらりとした脚が現れ、ブラと揃いの色のショーツだけになる。
「ね、涼介さん」
ショーツの、太腿の付け根の辺りに目が釘付けになっている涼介に、拓海が問いかけた。
微妙な皺の加減が、その奥に潜む女性のもっとも柔らかでいやらしい部分を想像させるのだ。
あの日、涼介を包み込んだ場所がそこにある。
既に、甘酸っぱい匂いは僅かにに漂い、涼介の鼻腔を刺激している。
「一つ聞いていいですか?」
「何だ……」
拓海は涼介の両手を取ると、ショーツの脇に導いた。下ろしていいですよと赦され、涼介は恐る恐る指をかけ、下ろしていった。
「あの日、オレとしたでしょ?」
髪と同じ色の柔らかな産毛が現れる。
「……ああ……」
それを見ながら、涼介は答えた。
――早く、したい。この足を開かせ、産毛の向こうを……あの日ちゃんと見られなかった襞を開いて、尖った芽を舐めて、それから……。
「あの日まで、童貞だったんでしょう?」
淫らな妄想に耽っていた涼介は、ショーツを膝まで下ろしたところでハッとした。
手が止まった。
「……え……、」
そして、顔をゆっくりと上げた。
「違うんですか?」
自分を見下ろす拓海の問いかけに涼介はしばし戸惑い……ゆっくりと、頷いた。
「やっぱり」
そうだと思った、と拓海はにっこりと笑った。
その後の記憶は鮮明で強烈で刺激的だった。
甘美な時間は濃密で、かつてないほどの興奮を涼介に齎した。
FCでの限界バトルなど足下にも及ばないほどの高揚感と充足感。
「藤原っ……、藤原っ!」
「りょ、すけさ……!」
声を枯らし、拓海を呼びながら必死に腰を振る――涼介は夢中だった。
あの日と違い、今日は体が自由だ。思うがまま、拓海を抱いた。
たわわな胸を思い切り揉みしだいた。顔を埋め、吸いつき、舌で転がした。
「あ、……りょ、すけさ……ん……!」
切ない喘ぎ声が拓海からは絶え間なく発せられた。痛いほどに脚を開かせ、その間を余すことなく舐め、溢れ出たものを飲み干した。
そこにはテクニックも何もない、ただ、涼介は本能のまま動いていた。雄の本能。
コンドーム、と拓海が言う前に涼介は拓海に入れていた。なのにあっと言う間に涼介は中で達し、早すぎる、と拓海が笑った。
それでも涼介の雄は萎えることがなかった。
体位を変え、何度もした。拓海の愛液と汗、涼介の精液と汗が混ざり合い、饐えた匂いが部屋中に漂い、時間も何も曖昧になり、出そうにも出すものがなくなり、睾丸が痛くなるまで――した。
「また、ご用ですか?」
次の日も、涼介はバイト上がりの拓海を待っていた。
「乗れよ」
昨日よりもっと強引に、拓海をFCのナビに押し込んだ。
そしてまた、ラブホテル――同じように、朝まで拓海を抱いた。
その次の日も。
そのまた次の日も。
バイト上がりの拓海は涼介によって拉致され、朝まで解放されなかった。
それは箍が外れたと言うべきか。
涼介は拓海に溺れた。
県外遠征チームの段取りを放り出し、大学が終わると拓海を迎えに行き、ラブホテルに入り朝まで拓海と過ごす。それが涼介の日常になっていた。
史浩の打ち合わせを催促するメールも、啓介のタイムを見てほしいというメールも、自宅に戻るようにという親からのメールも放置された。
「……涼介さん、携帯鳴ってますよ」
「いいんだ、放っておけよ」
ラブホテルの安っぽいベッドの上、仰臥した拓海の両脚を肩に担ぎあげ、腰を振りながら涼介は携帯を見ようともしなかった。
大学の友人からの飲み会の誘いだった。今夜何度目かの着信だった。
涼介は付き合いが悪くなったと方々で言われだした。
「それより、拓海、中に出してもいいよな?」
もう、とっくにカレシ気取りの口調で涼介は訊ねた。
「……涼介さん」
拓海は小さく笑った。
「いいですよ、その代わり」
出来たら責任とって下さいね、と念押しをされて。
そんなことは百も承知だと頷いて。
「拓海、拓海……っ、あぁ、……イく、イく……拓海の中で……ッ、」
「涼介さん……!」
あの日から、何十回目だろう。三桁は越えただろうか。
涼介は拓海の中に放った。
「あぁぁぁ……――っ!」
拓海の胎内の締め付け。涼介の背筋を駆け巡る快感。
「りょうすけさ……」
同時に達した拓海の、切ないほどの、淫らな顔。
「た、く……み……」
手放したくない、手放せない、手放すものか――涼介は思った。
「……やめるって?」
史浩は開口一番の涼介の言葉に、きょとん、とした。
涼介に県外遠征チームの打ち合わせやレッドサンズの件で連絡を取ろうと試みることひと月余り。やっと連絡が取れて打ち合わせが行われたと思ったら、涼介の口から出たのは意外な言葉だった。
「ああ。県外遠征チームに藤原拓海を誘うのは、やめたんだよ。オレが走る」
「オレがって、……お前、6年だろ? 大学との両立は大丈夫か?」
「なんとかなるさ」
涼介は笑った。その目の下には薄いクマが出来ていた。
「それはまぁ……お前がそういうなら……」
史浩は頷くしかなかった。ひと月前の涼介はあれほど自分は走らないと言っていたのに。随分な方向転換だ。
「悪いが史浩、県外遠征チームのホームページの大幅な変更を……」
「拓海くん、髪伸ばすの?」
駅前のファーストフード店で、拓海となつきは久しぶりに学校帰りにお茶をした。
「うん、涼介さんがそうしろっていうから」
少し伸ばし始めた髪を可愛らしいピンで留めて、拓海は「慣れないから切りたくて仕方ないんだけどさ」と苦笑してポテトを摘まんだ。
「へえ、いいんじゃない? なつき、拓海くんのロングも似合うと思うよ。――で、あの人と付き合ってるの?」
「一応ね」
拓海はふっと笑った。
「茂木の協力のお陰だよ、涼介さんを落とせたから……」
「そんなことないよ。服と、”D”だけだし……結局最後は拓海くんじゃない! テクニシャンだもんねー、拓海くんは」
なつきは何を思い出したのかくすくすと笑っていた。
「でも夏ごろから狙ってたんでしょ? あの人……タカハシさんだっけ?」
「うん。一応ね……。なんか最初は嫌われてたっぽいから、正面から落とすのは無理かなって思ってたけど。結構うまく行ったかな」
「拓海くんの勝ちだね」
「……走りも、こっちもね」
二人は計画が成功したことを確認し、ふふっと笑いあった。
「……あ。」
拓海のスカートのポケットで、携帯が震えた。
最近涼介に言われて持ち出したものだ。
「いけない、涼介さんからだ……」
春が近づいた峠には、また走り屋達が集まり始める。
「高橋涼介の県外遠征チームって、結局レッドサンズ選抜だろ?」
「らしいな。高橋兄弟がダブルエース……ま、予想通りっちゃ予想通りだけどなー」
「あんまり面白みねえな」
とある峠の展望台駐車場で、冬が明けて初めての走りを楽しんだ走り屋の数人が、オフシーズン中の話題を話し合っていた。
「あいつらもうすぐ初遠征だっけ? 何処とやるんだ?」
「栃木の、エンペラーの下部組織のカイザーとかいうトコ」
「へぇ。下部組織ったって、つえー相手じゃん」
「まぁな。その上、エンペラーの須藤は高橋涼介に二回、秋名のハチロクに一回負けてるからなぁ。カイザーを鍛え上げてリベンジかましたいらしいぜ」
「そりゃそうなるよなぁ……あ、そういや秋名のハチロクの話、最近聞かねーなぁ」
「知らねーのかよ、お前。あいつさぁ、高橋涼介の手がついたらしいぜ」
「マジかよ!」
「ホントだって。中野のバイト先のレストランに二人でよく一緒に来るんだってよ」
「へぇ……高橋涼介ってあーいうのが好みなのかぁ」
「中野のバイト先ってたっけーレストランだろ?」
「何言ってんだよ、高橋涼介だぜ。金持ち金持ち……」
「県外遠征チーム、秋名のハチロクが参加するんじゃないかって噂あったよなぁ、冬前に」
「あったあった……結局、噂だけだったな」
「なんかさ、最初はその予定だったらしいんだけど、高橋涼介がハチロクを自分の女にしちまって、その話無しにしたんだってさ」
「何だよそれー」
「走り屋って男だらけじゃん。それでだよ。峠に出して、他の男に目ぇつけられて寝取られねえように、だとさ。……だからハチロクのヤツ、春になったのにロクに峠にも出られないんだってさ」
「バッカじゃねぇの! どんだけラブいんだよ!」
「ホント、そう思うよなぁ」
「じゃあもうハチロクは走らねーってこと?」
「多分。そうなるらしい話は聞いたけど」
「ハチロクのヤツ……勿体ねえなぁ」
「だよなぁ」
どこからか笑い声が聞こえる。
涼介はうっすらと目を開いた。
「涼介さん……」
涼介の腕を枕にしている拓海が微笑んだ。
「拓海……」
涼介は拓海に口付けた。
涼介は溺れた。
ひどく淫らで、狡猾な海に。
それは最初から計画されて拓かれた、底も果てもない海だった。
(終)
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カウンター10,000・光様リク
『涼介×にょ拓海、嫌いな拓海に童貞を奪われる涼介さん、その後は拓海に溺れる。』
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