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※京←拓、拓×啓、啓×中前提、京×拓、涼×啓、京×涼、慎×中、清次聖域。カプ雑多・浮気上等。
キーパーソンはオリキャラ。色々読後感の悪い話ですが、それでもいいという方のみどうぞ。
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1・京一
ソイツは本当に嫌な奴だった。一年は一緒にいたはずだが、いい記憶は一つとしてない。
同じ日光の出で東堂塾の後輩でオレと同じランエボ乗りだった。
ソイツは塾にいた一年の間、涼しい顔をして嵐の様に塾の中をかき回していきやがった。
ソイツが来て半年目に、社長がソイツのことで胃を煩って三分の一を切る羽目になった位だ。
もう何年も会ってなかった。もとい、頼まれても会いたくもなかった。なのに、ソイツは何処で知ったのかオレに電話を、それも家電に掛けてきたやがった。
あの一本の電話がすべてのきっかけだ。
あれがなければ、オレたちはただの走り屋のままでいられたのだ。誰も彼も。オレも藤原も涼介も、涼介の弟も中里も庄司も。みんなアイツから掛かってきた一本の電話でひっかき回され、滅茶苦茶にされた。
悔しがったって、後の祭りなのだが。
仕事を終えて家に戻り、テレビをつけたら夕方のニュースをしていた。東北道で多重事故。タンクローリーが横転していた。
ソファに腰を下ろし画面が天気予報に切り替わった瞬間。家電が鳴った。非通知。
非通知を拒否できるような悠長な暮らしはしていない。自営業の跡取、電話がなけりゃ仕事にもならない。
『よぉ、京一ィ。久しぶりだな』
聞きたくもなかった声。相変わらず少し高めの、人を馬鹿にしたような声。
「……ジーンか」
佐藤という平凡な姓に、迅だなんてカッコつけた下の名前。本当ははやてと読むはずだったが、誰が言い出したか自分で名乗ったのか、ソイツは最初ジンと呼ばれ、やがて間を伸ばしてジーンと呼ばれるようになっていた。
そしてソイツ自身はいろんな意味で非凡だった。
『いろは坂の皇帝、なかなかいいあだ名だな。お前、よくもオレに変なあだ名つけてくれたよなぁ。お前のせいで何処いっても言われるんだぜ、』
笑いを堪えながらジーンはオレがつけたあだ名を言った。
「何の用だ、ジーン」
オレの声は苛立ちを隠せていなかった。
『今関西にいる。こっちのチームは大概制覇しちまって、つまんねーからそっちに戻る……お前とプロDと、そのあと塾を潰す』
それだけだよ。
ジーンはそれだけを言うと、電話を切った。
ツー、ツー、ツー……切れた電話はむなしい音をさせ、オレはただ唖然としていた。
お前とプロDと、その後塾を潰す。
お前とプロDと、その後塾を潰す。
お前とプロDと、その後塾を潰す。
緊急事態だ。はっとした。頭の中で三度も繰り返した。
その瞬間頭に浮かんだのは、エンペラーのことでも涼介のことでも社長のことでも何でもなく……、秋名のハチロクのことだった。
ハチロクを、オレがいつか再戦を挑みたいと思っているヤツを潰されるのだけはゴメンだ、と思った。
ジーンはずる賢く汚いヤツだ。走り屋の風上にも置けないヤツだ。走り屋どころか、人間の風上にも置けない。
潰す、ってのは、ジーンにとっては単に負かすという理由ではなく、走り屋を引退することを意味していた。かつて何人もの走り屋をジーンは気まぐれに潰し、高笑いをしていた。
そしてアイツにかかわった沢山の人間が不幸になった。
アイツは人を不幸にする天才だ。
もしも滅ぼしたい国があるなら、アイツを送り込めばいい。そうすればきっと滅ぶ。アイツはそういう人間だ。関わればみな不幸になる。
こうしちゃいられない、オレは慌てて家を出た。サンダルを突っかけ、鍵も掛けずに全力疾走。百メートル向こうの実家に駆け込んだ。
「あら、京一」
「電話帳!!」
ご飯食べる?と言いたげな顔ででてきたお袋を押し退け、オレは廊下にある電話台に飛びついた。
台の下にある沢山の電話帳。自営業という家業のお陰で、関東近辺のタウンページと個人の電話帳は揃っている。
「……群馬……あった!」
積まれていた真ん中の群馬を引っ張り出すと、埼玉と神奈川のタウンページが床に落ちた。
気にせず、群馬のタウンページを捲る。豆腐屋。とうふ、や。
指が震える。薄っぺらい紙がじれったくて仕方なかった。
「ちょっと、それ元に戻しといてよ?」
「わかってる!」
腕組みをして見下ろしているお袋があきれていた。
「ご飯食べる?」
「いらん!」
しゃがんだままタウンページを上手く捲れずイライラしていた。
怒鳴りを返事にすると、姉貴がリビングから「京一! 怒鳴るんじゃないの!」と怒鳴ってきた。姉貴だって怒鳴ってるじゃねえか。姪がきょういちー、と舌足らずの声で呼んでいた。
「ああ……っ、くそ!」
こんな時に限ってでかい手と太い指がじれったい。
「借りてく!」
タウンページを持ったまま、入ってきた勝手口からまた飛び出した。
「ちょっと京ちゃん、元に戻しときなさい!」
「時間がない!」
「それ返してよ! 父さんが仕事にいるんだから!」
後ろからお袋が叫んでいた。京一、飯食っていけぇ、と爺さんが呼んでいた。
入ってきたときはまだ夕暮れだったのに、出たら夜になっていた。どういうことだ。
家に戻り、深呼吸一つ。
さっきジーンからの電話が掛かってきた家電の前にしゃがみ、今度はさっきよりましにページを捲ることが出来た。
「豆腐屋……」
群馬には思ったよりたくさんの豆腐屋があった。ずらりと並んだ豆腐屋の店名と電話番号。
そういえばハチロクの豆腐屋は群馬のどこだ。秋名山だと……渋川か。
「……あった」
渋川市( 0279 )
藤原豆腐店 ××-××××
壁の時計を見上げる。ちょっとゆがんでいた。ハチロクは家にいる時間か、いないだろうか。
確か社会人だったか。まだ仕事か。考えて居ても仕方ない。
電話を、掛けた。
『――はい、藤原豆腐店……』
出たのは中年のオッサンの声だった。ハチロクの父親か。
「もしもし、あの……藤原、」
そこまで言って気づいた。オレはハチロクのヤツの下の名前を覚えていない。
最初に涼介に電話をすればよかったか。いや、これはオレからハチロクに直接言いたかった。
「……君は……いらっしゃい……ますか」
もし男兄弟がいたらどうしよう、年頃の姉妹がいたら男からの電話なんざ切られるかと思ったが。
『ああ、拓海ならいますよ』
あちらから名前を言ってくれ、ホッとした。たくみ。そうだ、確かそんな名前だった。
「申し遅れました。栃木の、須藤といいます」
『ああ、須藤さんね……ちょっと待っててくれよ』
保留音が少し続いた。音の割れた、世界中の誰よりきっと。果てしないその笑顔。頭に歌詞が浮かぶのが腹が立つ。昔の女が良くカラオケで歌っていた。
『もしもし……須藤さん?』
いぶかしむようなハチロクの声が、電話の向こうから。
「藤原か。エンペラーの須藤だ」
『須藤……京一さん?』
「そうだ」
『……どうしたんですか……?』
「今、暇か。途中まで迎えにいくから、会えねぇか」
『え? 今から、ですか?』
「ああ!」
『そりゃ大丈夫ですけど……何かあったんですか?』
「ああ、あった。何かどころの騒ぎじゃなく、あったんだ。お前と直接話、しなきゃいけねえんだ」
我ながら支離滅裂だと思える理由の押し付けっぷりで、今からですか、ちょっと待ってくださいと慌てる藤原に、無理矢理会うことを約束させた。サービスエリアで落ち合うことにし、短い電話を切った。
携帯と財布、返せと言われたタウンページを引っ掴み、玄関の鍵をかけランエボに乗り込んだ。
ガレージを出た瞬間、「お、アニキ!」自転車に乗った高校生の弟が暢気にオレのランエボの前を横切ろうとしていた。
「勇五! これ家に返しとけ!」
ウインドウを開けてタウンページをぶん投げると、弟は「おっと!」と慌ててキャッチした。右にステアを切り、急加速した。
「あっぶねーじゃん! アニキッ!」
弟が怒っている声が遠ざかる。知るか。
暗い道を走っていると、ナビシートの携帯が鳴った。この名前がディスプレイに表示されるのは久しぶりだ。トモだ。
道交法違反と知りながら、通話ボタンを押して耳に当てる。
『久しぶりだな京一』
「ジーンの件か」
『ああ』
久々の電話を懐かしむ余裕も無く、いきなり本題に入った。
「トモ。お前のところにも電話、あったのか」
『ああ、あったさ。あったから掛けてるんだ……大輝に聞いたら塾にもあったらしい。もう大騒ぎらしいぜ』
「そうか……」
『大輝はジーンのいた頃を知らないが、酒井は最後ら辺にはもういたからな。他にも何人か知ってる連中が……ああそうだ。社長が早速倒れそうだってよ』
「……早すぎねぇか」
『仕方ねえだろ。何せ相手は”裏切りジーン”だからな』
ジーンは早速、不幸を振りまいているようだ。
胃を押さえてうずくまっている社長が頭に浮かんだ。裏切りジーン、オレが付けたあだ名は健在のようだ。
あいつの不幸は人から人へと伝染する。
関われば皆、不幸になる。
人生の中で、これほど焦り、取り乱した時間はあっただろうか。
いや、多分、ない。
トモとの電話を切り、時間を見たら、ジーンから電話が掛かってきてまだ15分しか経っていなかった。
裏切りジーン 1
(続)
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