「それ、って……決まってんのか?」
漸く搾り出したオレの声は……震えていた。
『はい、決まってますよ。これがあの子の寿命の蝋燭です』
天使は真上を指差した。そこにはスクリーンのようなものが浮かんでいた。画面の中では、暗闇の中でたくさんの蝋燭が燃えていた。
なんかの怪談で見たことがある……こういう光景。その中で、今まさに消えようとしている短い蝋燭がある。その前には、『藤原拓海』と名札が。
『もう消えかかってますよねぇ。仏壇の蝋燭なら交換するくらいですよねー』
「そんな……! だってアイツ、オレより年下だぞ! まだ十八だしオヤジさんしかいないし、オレと一緒にプロDのダブルエースでこれからいっぱい戦うんだよ、プロD始まったばっかだし……それにアイツもプロになりたいって言ってるしそれに……!」
――それに、それに。
オレはまだアイツに……。
言いたいことはいっぱいあった。藤原は、死ぬにはまだ早すぎる。オレは天使の両肩を掴んで揺さぶった。
「第一、四月●日って、明日じゃねえか!」
そう。件の日は、明日――この夢が目覚めたその日だった。
「なぁ、頼む! それ、回避してくれ! つか、オレの願い事、それにする!」
肩を掴む手に力を込めた。それを回避できるのなら、オレの寿命が多少削られたって構わない……そう思って。目の前の天使に、藁をも縋る思いで言った。
『はい了解しましたー。じゃあ決定ですね、高橋啓介、アナタの願い事が決定しましたー』
天使はニッコリと微笑んだ。
”藤原拓海の死を回避する”
オレの願い事は決まった。
『じゃあ早速アナタの大切なものと引き替えにしますねぇ。これで藤原拓海は、そうですねぇ。およそ日本人男性の平均寿命までは元気に長生き出来ますねー』
天使の言葉に、ホッとした。胸に一気につかえたものが、一気に消えた。
「マジか……良かった……」
これで藤原は死なずに済むんだ、と思うと……って、ちょっと待てよ。大切なものって……。
「……その、さ。引き替えの大切なものって、何だよ。まさかオレのFDか? それともオレの寿命か?」
寿命ならちょっと位やってもいいけどFDは困るんだけどな……。
『ノンノン。どっちでもないんですねー』
「……じゃあ何だよ」
『はい、ズバリ……アナタの、藤原拓海に対する想いを絶対に誰にも伝えないし、知られてもいけない。これと藤原拓海の寿命を延ばすのとが交換条件ですー』
「なっ……!」
――そんな換条件。
「……な、なぁ、オレの寿命の何年かじゃ駄目か!? オレにくれる予定の、ウチの財産とかそんなんじゃ駄目か!?」
聞き入れられるかってんだ、そんな交換条件! オレは慌てて食い下がった。だって、だって。
『……駄目ですよぉ』
天使の顔は、さっきまでの人の良さそうなスマイルとは打って変わって……目を細めた、狡猾な笑みに変わった。
『アナタの命なんかいらないんだよねぇ。下界のお金も。第一それじゃ交換条件にならないから、藤原拓海の死を回避できやしませんよ? それよりはアナタの気持ちの方がいいんですよねぇ。だって人の気持ちは人を殺すことも生かすことも出来る、戦争だって起こせちゃう、すごいものなんだから。……好きなんでしょ? 藤原拓海のことが』
「――! なんでそれを……」
『言いましたよね、アナタのことは何だって分かるって』
ああ、そうだ。
オレは藤原が好きだ。大好きだ。
想いを伝えたいと思っている。
断られてもいい、いつか藤原に、オレの気持ちを伝えたい……そう思っている。
なのに。
それを伝えないことが、誰にも知られないことが、アイツの命を延ばす条件だなんて……。
「てめぇ……!」
カッと頭に血が上った。天使に殴りかかろうと拳を振り上げた瞬間、――身体が動かなくなった。
「ッ……!」
金縛り……みたいだ。
動かねぇ……何だ、コレっ……!
『暴力反対……ああ、そうそう。一つ言っときますねー。これ、もう成立しましたから。たった今。だから、もしもアナタが藤原拓海に対する気持ちを藤原拓海を含む誰かに伝えたり、ましてや誰かに気付かれたら……』
――藤原拓海は死にますよ。
天使はそう言った。
『信じたくなきゃ信じなくてもいーですよ? 損するのはアナタですからねー。
じゃあそろそろ今日はこれで……あ、掌の羽根マークは契約の証ですからね。それと死ぬまで一生、その想いは誰にも知られないで下さいね? 高橋啓介っ』
じゃあね、と。
天使は手をひらひらさせて……消えた。
「あ……」
昨日と同じく、目覚めは最悪だった。ベッドの中、また汗をぐっしょりとかいていた。
「マジかよ……」
天使の言葉が、頭の中でリフレインされる。
アナタが藤原拓海に対する気持ちを誰かに伝えたり、ましてや誰かに気付かれたら。
藤原拓海は死にますよ。
死ぬまで一生、その想いは誰にも知られないで下さいね? 高橋啓介。
「死ぬまで、一生……って……」
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